約 2,414,437 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2469.html
前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔 康一は、一本の道を歩いていた。 隣では仗助くんと億泰くんがいて、一緒に馬鹿話をしている。 道の左手からは、露伴先生が現れて、一緒に取材に行こうとぼくを誘う。 康一どのー!という声が聴こえた。右手から玉美と間田さんが合流する。 やれやれだぜ・・・。という声が聴こえた。後ろでは承太郎さんがぼくたちを見守ってくれている。 由花子さんが道端に立ってぼくを待っていた。並んで歩く。 仲間達と共に歩く。 こうして歩いていれば、ひょっとしたら雨が降るかもしれない。小石に躓いて転んでしまうかも。 でもぼくには仲間がいる。寂しくなんかない。 この道は、杜王町へと続いている。 えーんえーん・・・ 康一はふとあたりを見回した。 子どもの泣き声が聴こえる気がするのだ。 康一は道をはずれ、その声の主を探しにいくことにした。 声を追い、藪を分け入って進むと、小さな池が現れた。 池の真ん中には小船が浮いていて、鳴き声はそこから聞こえてくるようだ。 子どもが池に一人取り残されて泣いているんだ。と康一は思った。 康一は池の中に踏み込んだ。そこまで深くはない。腰ほどの高さだ。 じゃぶじゃぶと水をかき分けて進む。 船にたどりつくと、ピンクブロンドの髪の女の子が毛布にくるまっていた。 女の子は小船の中で、独りぼっちで泣いていたのだ。 「もう大丈夫だからね。」 康一はその女の子を抱き上げた・・・。 康一は目を開いた。 知らない天井?いや、馴染みこそないが、ぼくはこの部屋を知っている。 コンコン、とノックがあり、扉が開いた。 目を向けると、黒髪でメイド姿の少女が現れた。 「コーイチさん。目が覚めたんですね!」 「し、シエスタ!?」 シエスタは胸に手をあて、大きく息を吐いた。 「よかった・・・。心配したんですよ・・・。あんなに大怪我して・・・!」 康一はようやく、自分が何をしていたかを思い出した。 「そっか・・・。ぼく、気を失っちゃってたんだ・・・」 「はい。三日三晩ずっと眠り続けてました。」 「そんなに!?」 徹夜でゲームをしてしまった翌日だって、そんなに眠ったことはない。 「頭を強く打ってましたから、そのまま起きないんじゃないかって心配しました・・・。」 康一はワルキューレに散々殴られたり蹴られたりした時のことを思い出した。 「他にも、両腕にはヒビが入ってましたし、歯も折れてました。肋骨は3本ほど折れて、一本は肺に突き刺さっていたそうです。」 「う、うわぁ。重症じゃないか・・・。」 康一は他人事のように答えた。自分の体を触ってみる。 「でも・・・あれ?その割には痛くないんだけど・・・。」 脇腹を触ってもうずく程度でそんなに痛くはない。腕にもあまり違和感はない。舌で口の中を確認したが、折れたはずの歯が元に戻っていた。 「ええ。コーイチさんをここに運び込んだミス・ヴァリエールが、先生に頼んで、水魔法の治療を施してくださったんです。」 シエスタは窓を開けた。 窓から日の光が差し込んできて、康一は目を細めた。 そして気づいた。 自分のベッドのうえにルイズが頭を乗せて眠っている。 ピンクブロンドの髪が太陽の光を反射してきらきらと光っている。 「ミス・ヴァリエールはこの三日間、ずっと学校にもいかず、ほとんど寝ないでコーイチさんの看病をしていたんですよ?」 「そうなの!?」 康一はルイズの寝顔を見つめた。 この我が侭娘が、そんなにぼくのことを心配してくれたのか・・・! 康一はルイズの頭を撫でた。 ルイズは、う~ん・・・とムズがっていたが、不意に目を開けると、がばっと起き上がった。 自分の頭に手を当てて顔を赤くする。 「ななな何してんのよ!!」 「いや、寝顔が可愛かったから・・・つい。ずっと看病してくれてたんだって?」 ルイズの顔が、ボッっと音を立てて真っ赤になった。 「ば、馬鹿じゃないの!犬のくせに・・・!自分の使い魔が怪我したら、面倒を見るのは当然でしょ!!」 そしてはっとした表情になった。 「そういえば、体は大丈夫なわけ・・・?」 心配そうに尋ねる。 「うん。もうなんともないよ!」と腕を振り上げて見せた。 実はその瞬間、脇腹にビキッっとした痛みが走ったが、辛うじて表情には出さずにすんだ。 「そう・・・よかったわ・・・。」 ルイズはほっと胸をなでおろした。 「あんまり無茶するんじゃないわよ。あんた、下手したら死んでたのよ?」 「ごめん・・・。」 康一は頭をかいた。 ルイズはそんな康一に一つ溜息をつくと、立ち上がる。 「じゃあ、どいて。」 「え?」 「わたし、あんたが寝てる間ほっとんど寝てないの。眠いの。」 「え、ご・・・ごめ・・・」 「だからほら!ベッドを空けなさいよ!」 ルイズは康一をベッドから引き摺り出すと、そこにするりと飛び込んだ。 毛布にもぞもぞと猫のように包まる。 そしてそのまま寝息を立て始めた。 「追い出されちゃったよ・・・。」 苦笑いするとシエスタと目があった。 ふふふっと笑いあう。 「それじゃあ、ちょっと厨房にいらっしゃいませんか?お腹が減ってるんじゃないかと思うんですけど。」 「そういわれると・・・」 代わりに康一のお腹がグルグルキューと返事をした。 「・・・減ってるみたい。」 「よかったぁ。」 シエスタは嬉しそうに手を合わせた。 「マルトーさんに、コーイチさんの目が覚めたら連れてくるようにって言われてたんです。」 シエスタは康一に、あの学生服を手渡した。 「寝ておられる間に、洗って修繕しておきましたから。」 康一にとっては、こちらで持っている唯一の服である。 「ありがとう!助かったよ!」 康一は、寝ている間に着せられていたのであろう、パジャマのような服を脱ぐと、いつもの学生服に着替えた。 そしてシエスタについて、厨房へと向かうことにした。 前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/371.html
「いいこと!妖精さんたち!」 「はい!ミ・マドモワゼル!」 「トレビア~ン!」 そういって腰をカクカク動かす中年の男。 何度か見ているがそのたびにウンザリする光景。それが形兆とルイズのバイト先の開店前の号令だった。 バイトといっても金稼ぎのためではない。王女から直々に命ぜられた任務のためだ。 身分を隠して情報収集。要約すればそんな感じだ。 この居酒屋―魅惑の妖精というのだが―で働いているのは、お金が無くなったからだ。 お金が無くなった事に関する責任は二人に平等にある。とルイズ『は』言う。 開店時間になり客が入ってきて席に着き注文をする。 ルイズはウエイトレスなので注文を取りに行くのだがそれすらも危なっかしい。 普段ならそれとなく助けてやるのが形兆の役目になっていたのだが、こればかりはそうもいかない。 使い魔であることも秘密なのだ。助けてやるわけには行かない。 結果。ルイズは立派な問題児となっていた。 形兆の方はというと皿洗いなどの裏方業務だ。これは形兆は苦手じゃない。むしろ得意分野だ。 几帳面な彼がキッチリと支えることによって接客がやりやすくなった。店のウエイトレスは皆そう言う。 「オラオラオラオラオラァ!」 店の方で騒ぎが起こっているようだが気にしない。どうせあの問題児だ。 しばらく皿洗いをしていると、洗う皿が無くなった。丁度いいので店の様子を見に行く。 ルイズを探すとすぐに見つかった。が、何故かお盆で顔を隠している。 不審に思っていると注文があったらしくあるテーブルへ向かう。そのテーブルにいたのは、 キュルケ、タバサ、ギーシュ、モンモランシーの四人だった。 「バッド・カンパニー」 赤いベレー帽を被ったスペツナズを呼び出す。諜報用の兵士だ。武装は段ボール箱。 それをキュルケたちのテーブルの下にもぐりこませる。これであそこの会話を盗聴できる。 「あ、使い魔さんが女の子口説いてる」 ルイズはお盆から顔を出し、険しい表情で辺りを見回すルイズ。 「ルイズ!」 キュルケを除く一行が、いやタバサも除いておく、大声を上げた。 「私ルイズじゃないアル」 必死にごまかそうとするルイズだがそのキャラとの共通点は声と貧乳くらいだ。 「こ~んなところで、な・に・を、やっているのかしら?」 ニヤニヤと笑いながら聞くキュルケ。 「そんなことより君がいると言うことは兄貴もいるのかい?」 いたら何だというのだギーシュ。 「こんな事バレたら退学じゃないの?」 最もな意見を言うモンモランシー。 「……」 そして何も言わないタバサ。 「早く注文をお願いするアルよ~」 「これ」 「これじゃ分からないアル」 「ここに書いてあるの、とりあえず全部」 「アイヤ、お金持ちアルね。お嬢さん」 「何言ってるの?あなたのツケに決まってるじゃないの」 ルイズはプッツンした。無理も無い。 「おいキュルケ。ちょっと表出てもらおうか…アル」 名前で呼んだらばれるだろって、もうとっくにばれてるんだったか。あと無理してアル付けんな。 「いやよ」 その途端ルイズは手を目の前で打ち鳴らす。ちょうど『いただきます』のような感じだ。 そして両手を開き床につける。理解、分解、再構築。 そこから飛び出した木の柱がキュルケを店の外までブッ飛ばす。その後を追い、外に飛び出すルイズ。 また減給か。そう思い残りの面子に目を戻すと、酒を飲んでいた。 「大騒ぎだな…」 そう思ったとき、気づいた。タバサがいない。 どこに行ったのか探して見るとすぐに見つかった。他の酔っ払い二人―こいつもメイジらしい―と言い合っている。 「そういうセクハラはしない!コレ正論でしょ!」 お前もか。顔が赤い、変な酒でも飲んだのか?というかそれを言うならツインテールにしろ。 「僕は、ここにいるッ!アニーキーーーーーッ!」 おれは憑神じゃないぞ、ギーシュよ。 タバサと酔っ払いがケンカを開始した。それも魔法で、 「手伝いなさいモンモン!」 タバサの命令。 「え?あ、はい!竜召喚!」 そういって魔方陣を出し、竜を召喚する。 「いくよ、ヴォルテール!」 よりにもよってそっちか! まだ詳細が確認できないため描写不可能な黒い竜が現れる。店はもうめちゃくちゃだ。 誰か何とかしろ。 「アニキからの指令をキャッチ!行くぞワルキューレ!ストライクレーザークローッ!」 二回目か、結構優遇されてるな。 ふと洗い場に目を戻すと洗うべき皿がたまっていた。おれは皿洗いに戻る。 「形兆ちゃんが洗うようになってから水道代と洗剤の減りが全然違うのよ!」 と言われてからはほとんど形兆の仕事になっている。まあ接客など出来ないので元からだが。 そのまま洗っていると妙な老人がやってきた。額に変なシールが張られている。 剥がして見る。 「トレビア~~~ン」」 そう絶叫してその老人は柱の方に引っ張られるように行き、『破壊される』 「イキナリ剥がしやがったぞアイツ!」 「落ち着け…目的のものは渡した…引くぞ」 その柱にいた奴らがなにか話していたようだがよく聞き取れなかった。そのまま店を出て行く。 足元に店の皿が落ちているのを見つけ、拾い上げる。 ん?よく見ると皿に何か書いてある。 『ジョジョ三大兄貴勢揃い記念』 この皿はもう使えないし処分だな。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/100.html
契約! クールでタフな使い魔! その② 承太郎が左手を押さえてうめいていると、コルベールがやって来て刻まれたルーンを見た。 「ふむ……珍しい使い魔のルーンだな。さてと、じゃあみんな教室に戻るぞ」 そう言って彼は宙に浮く。その光景に承太郎は息を呑んだ。 いつぞやのポルナレフのようにスタンドで身体を持ち上げている訳ではない。 本当に宙に浮いているのだ、恐らく魔法か何かで。 そして他の面々も宙に浮いて城のような建物に飛んでいった。 「ルイズ、お前は歩いてこいよ!」 「あいつ『フライ』はおろか、『レビテーション』さえまともにできないんだぜ」 フライ。どうやらそれが空を飛ぶ魔法のようだった。 そしてその魔法が使えないらしいルイズと二人きりで承太郎は残される。 「……あんた、何なのよ!」 「てめーこそ何だ? ここはどこだ? お前達は何者だ? 質問に答えな」 「ったく。どこの田舎から来たのか知らないけど、説明して上げる。 ここはかの有名なトリステイン魔法学院よ!」 「…………」 魔法学院。本当にこいつ等は魔法使いらしい。ファンタジーの世界らしい。 それでも念のため、ここが地球であるという願いを込めて承太郎は問う。 「アメリカか日本って国は知らないか?」 「聞いた事ないわねそんな国」 仮にも人を平民呼ばわりする文化圏の連中が、世界一有名なアメリカを知らぬはずがない。 つまりここは地球ではない可能性が極めて高い。 「じゃあここは?」 「トリステインよ」 魔法学院と同じ名前……すなわち……。 承太郎の推理が正しければ! ここ! トリステイン魔法学院はッ! ほぼ間違いなくッ! 国立だッ!! ド―――――z______ン もっともこの学院が私立だろうと国立だろうと知ったこっちゃない話だ。 重要なのは。 「つまりこういう訳か? お前達は魔法使いだ……と」 「メイジよ」 「…………」 どうやら呼び方にこだわりがあるらしい。 とりあえず当面はこのルイズからこの世界の基礎知識を学ぶ必要がありそうだ。 他に今のうちに訊いておく事はあるだろうか? 承太郎はしばし考え――。 「てめー、何で俺にキスしやがった」 ルイズが真っ赤になる。そりゃもう赤い。マジシャンズレッドより赤い。 「あああ、あれは使い魔と契約するためのもので……」 「この左手の文字。使い魔のルーンとか言ってたな」 「そうよ。それこそあんたがこの私、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールの使い魔になった証よ。 つまり今日から私はあんたのご主人様よ、覚えておきなさい!」 「…………やれやれだぜ」 こうして校舎まで戻ったルイズは、承太郎を入口に残して教室へと入っていった。 そして授業が終わってルイズが出てくるまで、承太郎は考え事をしていた。 空条承太郎。十七歳。 母ホリィの命を救うため、百年の時を経て復活した邪悪の化身DIOを倒し、 仲間を喪いながらも日本へ帰ってきて数ヶ月……。 DIOとの戦いで受けた傷もすっかり癒え、 祖父母のジョセフとスージーQはアメリカに帰り、 少し真面目に高校生活を送るようになっていた。 そんなある日、彼の前に突然光る鏡のようなものが現れた。 スタンド攻撃かと思った。 戦闘経験の豊富な承太郎がその光に警戒しない訳がない。 だが……その時の承太郎は電車に乗っていたのだ。 座席は埋まり、車両内には何人かの乗客が吊革を手に立っていた。 承太郎もその中の一人だ。 そして、突然目の前に光が現れて、避けようと思ったが、みっつの要因により失敗した。 ひとつ、車両内に逃げ場がほとんど無かった。横には乗客が座っているし、上は天井だ。 ふたつ、承太郎は物思いにふけっていたため反応が遅れた。 みっつ、光の鏡は電車ごと移動するような事はなく、承太郎は電車の速度で鏡に突っ込んだ。 そして気がついたら、ここ、トリステイン魔法学院にいた。 「……やれやれだぜ」 日が暮れる。腕時計を見る。 本来なら今頃、適当な花屋で花を買って、花京院の墓に添え、帰りの電車に乗っている時間だ。 結局墓参りどころか、花さえ買えずこんな所に来てしまうとは。 (こういう訳の解らないトラブルはポルナレフの役目だぜ) 何気に酷い事を考える承太郎だったが正しい見解でもあった。 そして授業を終えたルイズに連れられ、承太郎は学生寮のルイズの部屋に通される。 十二畳ほどの広さの部屋には、高級そうなアンティークが並んでいた。 そこで承太郎はルイズが夜食にと持ってきたパンを食べながら、 開けた窓に腰かけて静かに夜空を眺めている。 「ねえジョー……えっと、名前なんだっけ?」 「承太郎だ」 「ジョータロー。あんたの話、本当なの?」 「…………」 無言。肯定なのか否定なのかも解らない。ルイズはちょっと苛立った。 「だって、信じられない。別の世界って何よ? そんなもの本当にあるの?」 「さあな……。少なくともここは、俺の知る世界じゃねぇ。あの月が証拠だ」 「月がひとつしかない世界なんて、聞いた事がないわ。 ねえ、やっぱり嘘ついてるんでしょう? 平民が意地張ってどうすんのよ」 「俺を平民呼ばわりするんじゃねえ!」 一喝すると、ルイズはすぐ驚いて黙る。それだけ承太郎の迫力がすごい。 だがプライドが非常に高いルイズは負けっぱなしではいない。 すぐに何か言い返そうとして――承太郎が懐から何かを取り出すのを見た。 「何よ、さっきパン上げたでしょ? 食べ物を持ってるなら最初からそれ食べなさいよ」 承太郎が取り出したそれを口に運ぶのを見てルイズは意地の悪い口調で言った。 承太郎は細長い棒状の食べ物を咥えたまま、ルイズを睨む。 実は普通にルイズに視線を向けただけだが、睨まれたとルイズは思った。 「てめー……タバコを知らねーのか?」 「は? タバコ? あんたの世界の食べ物?」 「……やれやれだぜ」 そう呟くと、承太郎はタバコを箱に戻し、懐にしまった。 「食べないの?」 「食べ物じゃねえ」 この世界にタバコが無いとすると、今持ってる一箱を吸い終わったら補充不能。 それは喫煙家の承太郎にとってかなりの苦痛だった。 「ルイズ、てめーの説明でこの世界の事はだいたい解った。 ハルケギニアという世界だという事も、貴族……メイジと平民の違いも。 だが一番重要な事をまだ説明してもらってねーぜ……それは……」 「何よ?」 「俺が元の世界に帰る方法はあるのか?」 「無理よ」 曰く、異なる世界をつなぐ魔法などない。 サモン・サーヴァントは元々この世界の生き物を使い魔として召喚する魔法。 何で別の世界の平民を召喚してしまったのかなんて全然ちっとも完璧に解らない。 だいたい別の世界なんて本当にあるのかルイズは信じきっていないようだ。 何か証拠を見せろ、と言われたが承太郎の持ち物は財布とタバコ程度。 後は電車の切符くらいだ。 ルイズ相手にいくら話をしても無駄に思えてきた承太郎は、口を閉ざしてしまう。 ルイズはというと、そんな承太郎の態度に怒りをつのらせる。 だって、平民ですよ? 使い魔が平民ですよ? 使い魔は主人の目となり耳となったりするが、そういった様子は無い。 一番の役目である『主人を守る』というのも無理。 平民がメイジやモンスターと戦える訳がない。 嫌味たっぷりにそう言ってやった時、承太郎はなぜか視線をそらした。 ルイズはそれを『図星を突かれた』と判断した。 という訳で承太郎ができる事など何もないと思い込んだルイズは命令する。 「仕方ないからあんたができそうな事をやらせて上げるわ。 洗濯。掃除。その他雑用」 「…………」 無言。肯定とも否定とも取れない。 でも文句なんて言えないだろうしルイズは勝手に肯定の意として受け取った。 「さてと、喋ってたら眠くなってきちゃったわ。おやすみ平民」 「待ちな」 ようやく、承太郎が口を開く。窓を閉めてルイズを睨みつける。 「な、何よ……もう眠いんだから、話はまた明日って事にして」 「俺の寝床が見当たらねえぜ」 ルイズは床を指差した。 「……何が言いたいのか解らねえ。ふざけているのか? この状況で」 「はい、毛布」 一枚の毛布を投げ渡され、承太郎はそれを受け取る。 直後、ルイズはブラウスのボタンを外し始めた。 「……何やってんだてめー」 「? 寝るから着替えてるのよ」 「…………」 承太郎は無言で背中を向けた。その背中に、何かが投げつけられる。 「…………」 承太郎は投げつけられた物を手に取り、無言で立ち尽くしている。 「それ、明日になったら洗濯しといて」 それはレースのついたキャミソールに白いパンティであった。 ┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨ 承太郎は無言で振り向き、 ネグリジェに着替えたルイズにキャミソールとパンティを投げ返した。 「……これは何の真似?」 「やかましい! それくらいてめーでやりやがれ!」 「な、何よ! あんた平民でしょ! 私の使い魔でしょ!?」 「俺はてめーの使い魔になるつもりはねえ」 「フーン? でも私の言う事聞かないと、衣食住誰が面倒見るの?」 「……やれやれだぜ」 承太郎はそう言うと、毛布に包まって床に寝転がった。 それを見たルイズは満足気に微笑み、やわらかなベッドで眠った。 承太郎が「うっとおしいから今日はもう寝よう、洗濯はしねえ」と考えていて、 使い魔になる気ゼロな事に微塵も気づかずに。 戻る 目次 続く
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/872.html
ギーシュの奇妙な決闘 第七話 『フェンスで防げ!』 (――さて、どうなったか) 特に何の感慨もなく、リゾットは品評会の会場へと戻っていた。 勿論、自分を見張るモートソグニルに怪しまれないよう、騒ぎを聞きつけて走ってきた振りをしてである。 進入するかしないか、散々迷った演技をした後、騒ぎを聞いた瞬間に走り出したから、不自然には見えない筈。 塔を駆け下りながら垣間見た広場では、思ったほどのパニックは起こっていなかった。 生徒たちは広場の一角……日当たりの最もいい場所に集められ、無事のようだった。 不謹慎と言うか余裕の産物と言うか、彼らの仲間内では生徒が何人ブラックサバスに貫かれて死ぬか、というトトカルチョが行われており、リゾットは、生徒が十数名は貫かれて死ぬと予測していたのだが……この分だと、賭けそのものが不成立になってしまいそうだ。 (成る程。真夜中にブラックサバスを倒したと言うのは、伊達ではないらしいな) 自分を警戒する。姫を守る。生徒達の安全を確保する。 パッショーネの幹部クラスでも困難な3つの事を的確にこなすオスマンの判断力に、リゾットは素直に感心した。 そもそも、リゾット達がこんな風に回りくどい細工を弄したのは、ブラックサバスを調べる上で判明したオスマンの実力を警戒しての事だった。 真夜中のブラックサバスを倒す事など……スタンドの相性もあるが、リゾットでも無理だ。暗殺チーム全員で見たとしても、無理だ。 当時の王宮ではトライアングルを20名も失ったとしてオスマンの無能を罵ったらしいが、ブラックサバスの存在と特性を知るリゾットからすれば失笑を禁じえない。 貴族の魔法と違い、スタンドと言うのは状況次第でいくらでも無敵になれる能力と言うのが多い。 ブラックサバスなどはその典型であって、昼間であっても厄介なのが真夜中となると、文字通り無敵と化す。 それを倒したと言うオスマンのバケモノじみた実力を、軽視する気にはなれなかった。 右手で懐から布袋を取り出し、その中身……砂鉄を掌にぶちまける。左手の杖をふるいながらメタリカを発動させ、砂鉄を結合させて一本のナイフを作った。 (――さて。茶番劇を始めるとしよう) 砂鉄のナイフを握り締め。 塔の出口を出て、広場へ駆け出すと同時に、リゾット・ネェロは、イカシュミ・ズォースイの仮面を被り直す。 (ブラックサバスを見て、一瞬動揺したフリをして立ち止まるか) あんなものを見て平然としているのは怪しまれると思い、リゾットは広場を見回して……演技ではなく、本気で立ち止まった。 「!?」 ブラックサバスから少女を守るかのように立ちふさがる、この世界にはまだ存在しないはずのものを見て。 (……フェンス……だと!?) 「――なにこれ??」 死を目前にしている少女の言葉とは思えないほど、間の抜けた言葉がモンモランシーの唇から漏れる。 『それ』ごしにこちらを見下ろす悪魔の存在は確かに怖いが、それ以上に目の前に立ち塞がっているものの存在が、モンモランシーには突飛過ぎた。 フェンスと言うモノを知らないモンモランシーからすると、枠に針金の網という組み合わせは、あるものを連想させるのだ。 調理器具だ。もっと言うと、揚げ物を引き上げる時に使う、金網である。 こっちの世界の人間の感覚だと、『まな板が地面から生えてきて自分を守った』ってくらいに、滅茶苦茶な展開なのだ。呆けるなという方が無理であろう。 どういう素材で出来ているのかは知らないが、このフェンスやたらと頑丈らしく、あの悪魔が押そうが引こうがびくともしない。 見た感じでは、青銅っぽいのだが、違うのかもしれない―― (――青銅?? まさか!) その金属はモンモランシーの脳裏である人物と直結されていて。 反射的に視線を自分の腕の中に落とせば……手が、自分の頬を伝う涙を掬った。 「モンモランシー……君は泣く姿も美しいね。まるで、美の女神のようだ」 「――ギーシュ!」 二度と開かないと思われていた双眸が、開いていた。 眼を覚ましたばかりでまだ意識が混濁しているというのに、相変わらず真っ先にキザに気取ってみせるその姿に、モンモランシーはまた涙する。 悲しみではなく、感激と安堵で。 「……馬鹿っ! 生きてるなら早く眼を覚ましなさいよ!」 (……正確に言うと、生きてるって言うより半分天国に足踏み込んだのかもしれないんだよモンモランシー) リンゴォが出演した夢の内容を思い出し、頬に汗をたらすギーシュだったが、口に出したら泣かせてしまうかもしれないので、自重した。 ゆっくりと体を起こしながら辺りを見回し、そこで始めて、ギーシュは目の前の金網に気付いた。 「か、金網??」 この世界の人間らしく、モンモランシーたちと同じように眼を丸くするギーシュ。 まあ、いきなり自分の目の前に調理器具があって、それが自分たちを悪魔から守っていれば、当然驚くだろう。 『おおおおおおお……』 ブラックサバスは、その金網を何とかして破壊しようとしているらしく、金網に食い込ませた指を震わせているが……全くと言っていい程、歪みすらしていなかった。 「……ギーシュ!?」 魂をぶち抜かれた筈なのに意識を取り戻した級友を見て、ルイズは呆然と声を上げた。 「あいつ……無事だったのか!?」 「みたいね」 ルイズを背負った才人も、ジョリーンに続いてブラックサバスに向かって走りながら、ギーシュの帰還を喜んだが……ジョリーンには別の感慨があるようだった。 「矢張り……『弓と矢』の『矢』だったのね。あれは」 「――え?」 「彼は生き残ったんじゃない。選ばれたのよ……『矢』に。運命をねじ伏せたと言っていいのかしら。この場合……それにしても、やれやれだわ。 あんたにも見えるって事は――あのスタンド、相当変わったタイプみたいね」 「な、なんなの……これ」 「……わからない」 モンモランシーの言葉に答えてから、ギーシュは慎重にフェンスに指を伸ばした。 フェンスを構成する、針金に指の腹で触れ、そのまま食いと押し込んで―― ぐい 押し返された。自分が押したのと、ほぼ同等の力で。 「!!?」 思わぬ不意打ちを暗い、ギーシュはとっさに手を引っ込めた。フェンスから指が生えたとか、そういうチャチなレベルではない。純粋な『パワー』で押し返されたのだ。 (こ、この網……ただの網じゃない!!) ブラックサバスを前にコレだけの時間持っていると言う時点で十分ただの網ではないのだが、眼を覚ましたばかりで頭が回転していなかったギーシュは気付かなかった。 順序が逆なら、こんなマヌケな事にはならなかったのだが――おかげで、ギーシュの頭脳は通常の回転を取り戻した。 「こいつ……」 調理器具が自分を守る。 現実感のない光景にしばし呆然としていたギーシュだったが、すぐにこの状況の異常性に気が付いた。 何をやっても壊れない金網もさることながら……ブラックサバスがその金網をいつまでも攻撃し続ける事が。 『影に潜る』事が出来るのなら、こいつが金網を相手にする必要は無いはずだ。馬鹿だから気付かないのでは? と言う考えもよぎったが、すぐさま却下した。 (最初の才人の時は普通に掴むだけだった……二番目のプラントの時は丁寧に逃走手段を奪った。三番目の僕の時は、鮮やかに動きを封じた。 間違いなく、『発火を見たものを突き刺す』執念に基づいた学習能力がある! こいつは今、影に潜らないのではなく、潜れないのではないか!? まさか――) ┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨……! (この網が……こいつの移動を防いでるのか!?) 印象と言うのは不思議なものだ。 先ほどまでただの網だと感じていた物が、それによって全く違う『モノ』に見えてくる。 『その可能性』に考え至ったギーシュの目には、目の前のフェンスが奇妙な威圧感を放つ圧倒的な存在に見え始めていた。 あの圧倒的な悪魔を、小揺るぎもせずに押さえ込むその存在に。 「オラァッ!」 『――ッ!』 「――この『網』、一体何なんだ!?」 フェンス越しに追いついてきたジョリーン達に、ブラックサバスが振り向いたのをきっかけに。 物理攻撃だけではなく、影の移動すら遮断する――目の前に立ち塞がった存在の異常性に、ギーシュは己の内心を偽ることなく叫んでいた。 (……まさか、『そう』なのか?) この世界ではありえない『フェンス』を睨みつけ、それに向かって走りながら、リゾットは自問する。 ……よくよく考えれば、当たり前の話なのだ。『可能性』は全ての人間が持っている。 いくら世界が違うからと言って、いくら前例がないからと言って――メイジはスタンドに目覚めないなどと言う、根拠のない思い込みをしてしまった自分自身が憎らしい。 (あの二人……グラモンとモンモラシのどちらかが……『スタンド』に目覚めたと、そういう事なのか?) あのフェンスがスタンドだとしたら、一体どのような能力なのか? タイプは? 接近戦パワー型? 遠距離操作型? 自動操縦? それとも……一人歩き? 相当変り種のスタンドであることは間違いないだろう。なにせ、一般人にも視認出来るほどのパワーを感じる。 (確かめたい事は多いが……今は!) 「――大丈夫か?」 『教師イカシュミ・ズォースイ』として、動くのみ。 とりあえず、ブラックサバスへの道程に座り込んでいた二人の生徒に対し、気遣うように声をかけるリゾット。 その二人……キュルケとタバサは今リゾットに気付いたらしく、はっとなって振り向いた。 「ミスタズォースイ!」 「…………」 「無事なようだな……何よりだ」 無言でこちらを見上げるタバサの頭に手を置き、ブラックサバスを睨みつけ、 「俺は少し外していたんだが……簡単でいい、状況を説明してくれ」 「ええっと……」 何処から説明したらいいのか分からないという風情のキュルケに対して、タバサは簡潔だった。ただ、ブラックサバスを指差して、 「敵」 「そうか」 「影から影に移る……日向に追い出せばいい。気をつけて」 「わかった」 タバサはリゾットに対して多くを語らなかった……自分を疑ったとか、口数が少なかったからとかそういう理由からではないだろうと、リゾットは予測する。 職業病と言う奴だろうか? リゾットたち暗殺チームの面々は、自分達と同じ種類の人間がわかる。匂いと言うか、気配と言うか……人を殺した事のある人間や、それを職業とする人間、犯罪に罪の意識を感じない人間等の、独特の雰囲気を見分ける事ができた。 その感覚で言うなら、タバサは他の生徒たちよりも、ずっとこちら側に近い人種……相当の修羅場を駆け抜けてきた人間だ。 得てしてそういう人間は、リゾットと同じように同属の匂いが分かるもの。 彼女はリゾットの能力を授業で大体把握し、リゾットならばこのくらいの言葉で十分過ぎると考えたのである。 「――お前たちはここにいろ」 ついて来いとは言わず、リゾットは再び駆け出した。 キュルケとタバサは優れたトライアングルメイジだが、目標と肉弾戦を行っている人間や、敵から離れる事ができない人間が居る以上、遠距離の魔法は誤射の危険性がある。 それが分かっているからこそ、彼女たちはあそこで何もしなかったのだ――血が出るほどに拳を握り締めながら。 リゾットからすれば、ブラックサバスには出来る限り暴れてもらった方がいいのだが、『この後の事』を考えると見てみぬフリをして怪しまれるのはマイナスにしかならない。 (元傭兵という『設定』がある以上、ある程度使えるところを見せておかなければならない) 接近戦をしているのは二人だが……一人は明らかに動きが鈍く、リゾットはその理由に思い当たる節があった。 (スタンドが見えるのは、メイジとスタンド使いだけ……平賀才人には見えていないようだな。背負われているのは、ヴァリエールか) ならば、リゾットのやる事は只ひとつだった。 (――メタリカ――) ろ ぉ ぉ ぉ ぉ ど ぉ ぉ ぉ ぉ ぉ 怨念のような低い低い呻きが、リゾットの体内から鼓膜を揺さぶる。 体内に蠢き、磁力を操るリゾットのスタンド『メタリカ』の呻き声である。 彼らは体内から腰、服のポケット、マントの裏、ありとあらゆるところに潜ませた『砂鉄』に対して干渉を開始し―― ざあああああっ 各所から零れ出た砂鉄は、蛇のように鎌首をもたげ、触手のようにうねり、リゾットの正面に集う。 左手の杖を踊るように振るうその姿は、まるで魔法でもってそれらを操っているようで。 「――集約」 キキィンッ! 杖をもう一度振り、砂鉄を全てナイフに変える。その数、約十本―― 「いけっ」 そしてそれらのナイフは、リゾットの号令と共に一成に射出された! 「オラオラァッ!」 「はぁっ!」 ジョリーンの気合にタイミングを合わせ、才人は目の前――『見えない悪魔』がいる位置に向かい、デルフリンガーを横凪に振るうが―― ぶんっ! 見事にスカッた。 「下!」 「くおっ!?」 敵の位置を知らせるルイズの声に、すぐさま剣を引いて切っ先の軌道を修正し、打ち下ろす! どすっ! またもや、手応えはない。デルフリンガーのスタンドすら傷つける刃は、地面を耕すに留まった。 「さがれっ!」 「くっ!」 ジョリーンの叱責に対する理由を問わず、才人はその声を認識すると同時に飛び下がった。 自分にしがみついたルイズの唇からうめき声が漏れる……才人のルーンを使った高速軌道に、彼女の体力が追いついていないのだ。 敵の姿が見えない。 最初、才人はデルフリンガーからその事実を聞かされた時、まぁ何とかなると楽観していたのだが……戦闘が始まってからは、そんなモノは粉々に吹っ飛んだ。 とにかく、行動が遅れてしまうのだ。 自分自身の五感ではなく、他人から教えられて動くものだから、どうしてもタイムラグが出来てしまい、相手の位置を教えられて攻撃したら既にそこに相手は居ない、という事が頻発する。 敵の攻撃を避けるのにも一苦労だし、何より状況把握すら遅れると言うのは致命的だった。 ブラックサバスのスピードがすっとろいから戦えるのであって、もし敵の速度が速かったら……才人の魂は今頃、脳漿ぶちまけている事だろう。 「――ルイズッ! 大丈夫か?」 「だ、大丈夫よっ」 気丈な言葉が返ってくるが、肩越しに振り向いて見た彼女の表情は、その言葉を裏切っている。 真っ青で今にも意識を失いそうなほどに虚ろな瞳は、彼女の消耗が激しい事を示していた。 自分は役に立っているのか? 否、と言う答えが安易に導き出せてしまう自分自身の現状に、才人は歯噛みした。 ここはジョリーンにまかせ、ルイズを背負って遠くに避難したほうが得策だという事くらい、戦闘では素人の才人にだってよくわかっている。わかっているのだが。 (くそっ!) 才人自身にも分かっている。 コレは我侭だ。自分だけ置いてけぼりはいやだという、ちっぽけなプライドであり、自分も戦えるんだという子供の癇癪のような行動だ。 わかっている。わかっている。自分の考えなんぞは一番よくわかっている。なのに、譲歩という事が出来ない―― (……俺はっ! どうすればいい!?) 本当のところを言えば、才人は自分で思っているほど役立たずと言うわけではない。 彼の持っているデルフリンガー本人ですら忘れている『力』がスタンドに対して妙な干渉を起こしているのか、さっきからまぁースパスパ切れる切れる。 才人がスタンドを視認出来たなら、浅いながらも全身斬創だらけのブラックサバスにさぞ驚く事だろう。 そもそも、邪魔だと思ったらジョリーンがストーンフリーで盛大にぶっ飛ばしているところだ。 正直、ジョリーンが殴るよりよっぽどダメージが与えられるくらいなのだから、動きがすっとろいのを差し引いたとしても、才人の存在には非常に助けられていた。 背中に背負ったルイズも、放り出して万が一ブラックサバスに捉えられた場合の事を考えると、無碍にも出来なかった。 「何ぼさっとしてるぅーっ! 早く動けぇっ!!」 「は、はいっ!」 動きが止まった才人を叱責しながら、ジョリーンは改めて考える。 (それにしても、どぉーなってんだこいつぁーよー!) 思考が刑務所暮らしの頃に戻っていたが気にしない。彼女の念頭にあるのは、目の前に立つ敵スタンドの事だった。 『お前達も……再点火したなっ!?』 全身切創だらけで、何十発とストーンフリーの拳を叩き込まれたというのに、機械的に動き続けるブラックサバス。 その動きは消耗と言う単語を知らないかのごとく……機会でもここまでボロボロにされれば動きが鈍ると言うのに、変わらない動作で動き続けている! しかも! 才人がつけた切傷はゆっくりと確実に塞がっていっているのだ! 最初に才人が頬につけた傷などは、もう塞がってしまっている。 (この野郎、本当に太陽の下に引きずり出さないと駄目みたいだな……!) そもそも攻撃してどうにかなるなら、オールド・オスマン自身がメイジたちを指揮して集中砲火で袋叩きにしているだろう。 ここからは、ジョリーンもオスマンも知らない事実を説明する。 意外に思われるかもしれないが、ブラックサバス自体は他の遠距離自動操縦型のスタンドに比べても、エネルギー量が少ない部類に入る。 スタンド事態のスペックが高いのも相まって、発現した瞬間消滅してしまうくらいの希薄さだ。言うなれば、最高に燃費の悪いF1と言ったところか。 ならば、こいつはどうやって存在しているのか? 『影』から活動のエネルギーを吸収して、存在し動き回っているのである! いわば、常にガソリンスタンドを携帯したF1なのである。影の中に居れば燃費の悪さなど問題にすらないらない。 世界を移動する事で本体から切り離され、一人歩き型に変質した事で、その傾向はより顕著になっている。 単刀直入に言ってしまえば、ジョリーンの推測はほぼ当たっていた……今のブラックサバスは、影から追い出さない限り絶対に倒せない存在なのだ。 いざ影から追い出すとなると……今の状況では困難と言わざるをえない。なにせ、今敵が居る影はモンモランシーの影。 柱やゴーレムみたくぶっ壊すと言うわけにもいかないのだ。 影から殴ってぶっ飛ばすと言うのも、不意をうたなければ不可能だろう。それ程に、影の上のブラックサバスは強かった。 下手に深追いすればジョリーン自身が矢の餌食になりかねない。 (何とかして、相手の体勢を崩すか、腕の一本も切り落とせばなんとかなるんだが――) 『相棒! そこだっ!』 「うおおっ!」 ぶんっ! 才人の横凪を回避したブラックサバスだったが、その姿に隙はない……最大限にジョリーンを警戒しているようだ。 『再点火を見たものを矢で選定する』と言う動機の元に発揮される戦闘本能の高さは、今更記すまでもない。 ジョリーン達もモンモランシーの影に自分の影を接触させないように気をつけてはいるが……このままではジリ貧である。 (作戦を練り直すか――!?) 練り直すとして、どうするべきか――? ジョリーンは戦いながら思考を巡らせて…… ど ど ど ど ど ど ど っ ! ! ! ! リゾットの投じたナイフがブラックサバスに突き刺さったのは、その時だった。 (何を、してるのよっ! わたしは!) 全速力で動き回る才人の汗の感触と体が発した熱気を全身のいたるところで感じながら、ゼロのルイズは己の無力をかみ締めていた。 彼女が感じている屈辱感は、才人が抱いていたものの比ではない。 才人は小さいながらもフォローをしている実感が在り、実際には敵に少なくない創を与えていたが、ルイズは文字通り何もしていなかった。 それどころか、才人の背中に負ぶさって、その足を確実に引っ張っている始末である。 (これじゃあっ……ゼロどころか、マイナス、じゃないっ!) 今のこの状況は……ルイズにいやおう無しに、自分の二つ名の由来を思い出させる忌々しいものだった。 ゼロのルイズ。魔法成功率ゼロパーセントの出来損ない。 最初にこう言われたのはいつだっただろうか? 1年生の一学期であった事は確かだが、それ以上に細かくは覚えていない。 名づけられてから、ルイズが嘲笑と見下しを受けなかった日は一日足りとて無い。 元々プライドが高いルイズにとって、この扱いは屈辱的で辛いものだったが……それ以上に彼女に圧し掛かったのは、『誰にも必要とされていないのではないか?』という強迫観念だった。 魔法の得意な二人の姉と常に比べられて育ったルイズは、『姉に比べて劣っている私は家族から必要とされているのか?』という深刻な疑問を避ける事はできなかった。 お前は役立たずのゼロだ。お前は足を引っ張るだけの能無しだ。お前は貴族の資格もないクソガキだ。 夢の中で誰かが自分にそうささやく声が聞こえて、汗だくで飛び起きた事もあった。 (ここで何も出来なかったら……私は一体なんなのよぉ……) ジワリと。 自分が役立たずである現実と、親友であるアンリエッタを守る事すら出来ないと言う現実が、ルイズの涙腺を刺激し、涙を押し出していく。 ルイズは才人を召還した時、正直にハズレを引いたと思った。 リンゴォのように変な能力も持っていなければ、幻獣でもない平民など、何の役にも立たないではないかと苛立ち、無意味に当り散らしたものだ。 それがどうだ! 彼女が役立たずと断じた平民は、彼女などよりよっぽど戦いの役に立っているではないか! 『魔法を使えるのが貴族なのではない、敵に背を向けないのが貴族だ――』 それはルイズの持つひとつの貴族観であり、彼女にとっては譲れない意思でもある。 才人が貴族になれる筈が無い事は分かっていたが――それでも、自分の信念でのみ判断するのなら。 才人は逃げていない。ブラックサバスと、正面から戦っている……今の彼は、ルイズなどよりよっぽど『貴族』に近いのではないか? 自分は――才人よりも弱いのか?? その現実が、何より彼女を追い詰めるのだ。 使い魔にすがってばかりのメイジなど、メイジではない! そう心の中で叫べど、ルイズに出来る事など何一つ無いのだ。 こらえきれぬ涙が頬を流れ、かみ締めた唇から鮮血が流れ――耐え切れずに眼を瞑りそうになったルイズの目の前で、それは起こった。 ど ど ど ど ど ど っ 横合いから放たれたナイフが、ブラックサバスの体の至る所にその牙をつきたてる! それを見た瞬間、ルイズは敵を倒したかと一瞬だけ喜んだが……ナイフが刺さったにもかかわらず、何事も無かったかのように動く、サバスの姿を見てすぐに無駄だったと悟った。 ナイフの飛んできたであろう方向に視線をやれば、そこには左手に杖を構え走りよってくるリゾットの姿が見えた。 (ズォースイ先生!) 自分と同じように魔法が不得手であり、一つの事しか出来ない筈の男の姿に、ルイズは眼を見開いた。 無茶だと思った。基礎魔術の一部分しか能のないこの男が、オールド・オスマンですら苦戦したと言う悪魔に何をしようというのか!? 眼を見開くルイズの前で、リゾットは行動を続ける。 「『分解』――」 ず わ ぁ っ ! 左手の杖を一閃し、リゾットは効果の無かったナイフを砂鉄に分解する。 あの距離から砂鉄の集約や分解が出来る事や、敵に攻撃が通じない事に動揺しない精神力は素直に凄いと思ったが――それでも、無意味なものは無意味だ。 (もうやめてズォースイ先生) 彼女はリゾットの授業を受けて……正確には、その授業の中で語られた彼自身の『設定』を聞いて、この学院の誰よりも彼に共感を抱いていた。 自分が爆発しか扱えないように、彼も砂鉄の集約しか扱えなかった。 だが、リゾットは諦めずにそれを磨き上げ、オールド・オスマンに見出されるほどの領域にまで高めたのだと言う。 言わば、ルイズにとってのリゾットは『ゼロ』でも高みに行けると言う『目標』であり、そこまでの道を記された『道標』であり、その道を極めた『先達』だった。 そのリゾットがあの悪魔に手も足も出ないという事は、それに劣るルイズでは手も足も出ないという事であり……極めて傲慢な考えだが、彼女の目標が汚される所をルイズは見たくなかったのだ。見苦しく足掻いて欲しくなどなかった。 そんなルイズの願いは、リゾットには届かなかった。否、届いていたとしても、聞き届けなかったであろう。 ――そもそも彼は攻撃のためにナイフを投擲したのではないのである! 分解された砂鉄は、リゾットの意思を組みブラックサバスの周囲を雲霞のように覆い、 「『吸着』――!」 そのまま、ブラックサバスの全身を覆うように張り付いた! 「へ!?」 敵に鉄粉を貼り付けて何がしたいのか……あまりに予想外かつ考えの読めないリゾットの好意に、ルイズはたじろいた。 ジョリーンも、一瞬呆けてしまったが……すぐに、その意図を了解した。 「――才人ぉっ!」 「はいっ!」 ジョリーンの一括を受け、才人は真っ先に走り出した。 (え!? わ!?) いきなりの加速に、ルイズは思わずバランスを崩しかけてしまい、才人の首筋に力の限り抱きつく事となった。 違う。 ルイズでもわかる程に、今の才人の動きは先ほどまでとは違う。 なんというか……先ほどまで手探りで敵を探し当てているような、迷いが完全に消えていたのだ。明確な目標を持って、敵を睨み据えて動いている! 今までにないほどに加速し、ルイズという重石の存在を感じさせない才人は、走りよった勢いをそのままに、ブラックサバスにデルフリンガーを振り下ろす。 びゅおっ! 振り下ろされた刃を、ブラックサバスは横に体をずらす事で交わし――先ほどまでならコレで終わっている。 デルフリンガーの支持なしでは動けない才人では、避けた相手を追撃するのに『間』が空いてしまうのだ。 なのに―― ざ ぞ ん っ ! あっさりと。 返した刃が、油断していたブラックサバスの右腕を切り飛ばした。 その化け物に表情はない。感情も恐らく無いだろう。 だが、このバケモノには極めて高度な戦闘本能があり、その本能がまるで感情があるかのような動きをさせた。 すなわち……『信じられないものを見たかのように斬り飛ばされた腕を見つめた』! 『……!!?!!?』 「オラァッ!!」 だがしかし、その隙を逃すまいと殴りかかってきたジョリーンのストーンフリーに対する反応は、秀逸だった。 ブラックサバスは一瞬の硬直の後――何のためらいもなく、自分自身の体を影に向かって沈めたのだ。 ずばぁっ! 外聞を気にせず、体の表面で固まった砂鉄を撒き散らし、その一部をジョリーンに向ける。 砂鉄が眼に入るのを伏せぐため左手で防御したジョリーンに出来た、一瞬の隙が明暗を分けた。 ジョリーンの右拳が届くギリギリでブラックサバスは影の中に潜り込んだ。 見事に空ぶるストーンフリーだったが、ルイズはそんな事はどうでもよかった。 今の才人の動き、あれはブラックサバスが見えないと出来るわけがない。 才人には、ブラックサバスが見えていないはずなのに――そこまで考えて、ルイズはようやく事の真相に行き着く。 (あ――砂鉄!) そう。 才人はブラックサバスを見て攻撃したのではない。 リゾットがブラックサバスに貼り付けた、砂鉄の動きを見て敵を攻撃したのである。 ブラックサバスの全身に余すところなく張り付いた砂鉄は、才人にとってはブラックサバスの姿を浮き彫りにする装飾になったのだ。 (じゃ、じゃあ……ズォースイ先生がナイフを投げたのって……才人の援護のためだったの?) 「ズォースイ先生! ありがとうございます!」 「やれやれ……助かったわ」 「――役に立った用で何よりだ。君が敵を視認出来てないと思ってやったんだが、正解だったようだな」 衝撃を受けている間に駆け寄ってきたリゾットに才人とジョリーンが礼を言う。 勿論、三人とも視線はモンモランシーの影……サバスに張り付いていた砂鉄が作った山から放さない。 「あいつがまた浮かび上がってきたら、貼り付けよう」 「いいんですか!?」 「ああ。俺は人間相手なら得意だが……この手の生き物は正直苦手でな。 出来る限りの事はやらせてもらう」 「頼む。それと……ルイズを遠くに避難させてやってくれ」 ジョリーンの言葉は、全くもって正しい。 今のルイズは役に立たないどころか足を引っ張る存在であり、比較的体力の消費が少なくてすむリゾットの背に預けたほうが、得策と言うものだった。 なのに…… 「いやよ!」 ルイズは、その言葉を拒否、 「使い魔を残してなんて「おらぁ」もきゅっ」 しようとして。ジョリーンの気の抜けた掛け声と共に放たれたでこピンで、かわいらしい悲鳴を上げた。 ストーンフリーほどではないが、ジョリーンも結構逞しいので、放ったでこピンはかなり痛かった。 「痛いじゃない! 何するのよ!?」 「……ほんっとにやれやれだわ。流石アンリエッタの親友ね。同じ様な事を言うもんだからついね」 「へ!?」 いきなり出てきた姫君の名前に目を点にするルイズ。砂鉄の山に視線を戻し、ジョリーンは改めて嘆息する。 「どうせ、自分だけ何もしない出来ないなんて、絶対に嫌だとか考えてたんでしょ。 あの子も、あたしと会ったばかりの頃、似たような事でうじうじしてたしね……自分の責務やら義務から眼をそらさないのは、確かに立派よ。 あんたとアンリエッタのそういう所は、正直スッゲー尊敬できるわ。けどね。今のアンタじゃただ邪魔なだけ」 「!?」 「悔しい? 悔しかったら……足手まといにならないように、義務やら責務やらに相応しい能力を身に着けるように努力する事ね。話はそれからよ」 屈辱と羞恥で顔を真っ赤にするルイズの肩をぽんぽんと叩くジョリーンを、リゾットは興味深そうに見つめていた。 (この女……スタンド使い……) それも、相当強力な近距離パワー型のスタンドだ。自分達と同じようにスタンド使いが存在する事は、驚くには値しない。 才人のような特殊な例もいるし、同じように異世界から来たスタンド使いと戦った経験も、一度や二度ではない。 ただ、驚かされたのはジョリーンが『シュヴァリエ』の階級を持つ貴族として、姫直下の騎士団に配属されている事にだった。 彼ら異世界から呼び出された人間は、当然の事ながらハルケギニアにおける地盤がなく、少し調べれば不振人物だと分かってしまう。 騎士団のような公的な機関において、過去がないと言うのは忌避される元だというのに、悠々と騎士をやっているこの女は、一体何者なのか? (……イルーゾォに調べさせるか) 自分達の計画に姫直属の騎士団が本格的に絡んでくるとは思えなかったが、警戒するに越した事はないだろう。リゾットはそう考えた。 「…………」 「ほ、本当に大丈夫かい? モンモランシー……」 モンモランシーは、フェンス越しに見る『戦い』を前にして、ギーシュにしがみついて怯えていた。自分を心配するギーシュに返す言葉もなく、ただ震えている。 怖かった。目の前に起きている戦いが。 かつて、ギーシュが死に掛けたあの決闘を思い出させるこの戦いが。 『やはり……貴様らは……薄汚い『対応者』に過ぎないっ! 恋人が殺されてから呪文を唱えやがって! そこはオレの銃の射程の外だっ! 汚 ら わ し い ぞ っ ! 』 文字通りの、汚らわしいものを見るような目で言い放たれた言葉。 普段の自分なら食って掛かったであろう言葉に、モンモランシーは言い返すことが出来なかった。 自分は攻撃系統の呪文が得意ではないが、それを差し引いてもあまりに圧倒的な能力を見せたリンゴォ・ロードアゲイン。 幾度攻撃しようと『時を巻き戻す』事でなかった事にしてしまう……あの悪魔のような男。 あの男の言うとおり、自分はあの時、ギーシュを助けなかった……助けられたのに、見殺しにして、安全な場所から攻撃する事しかできなかった。 最初の戦いで脱ぐ切れない恐怖を植えつけられたモンモランシーは、本人も気付かぬうちに戦いそのものがトラウマになっていたのだ。 それも、戦い=ギーシュの死という最悪の連想をもたらす。 今のこの戦いも、ギーシュは死にそうになった……助かったし、助かった原理は分からないけれども、事実は揺るがない。 (……あ……ぅ……) 自分自身が死ぬのではないかと言う恐怖と、目の前の少年が殺されるのではないかと言う恐怖。 二つがない交ぜになったモンモランシーは、その場で震えることしか出来なかった。 「モンモランシー……大丈夫、大丈夫だから……僕が、僕が守るから」 自分にしがみついて震える少女の肩を抱き、ギーシュは自分自身にも言い聞かせるように言葉を紡ぐ。 フェンスの性質がわからず、下手に移動するわけには行かない以上、彼女を守るのはギーシュの役目だった。 (僕が、守る) ぎゅっと、モンモランシーのマントを握り締め、ギーシュは心の中で反芻する。 (守って見せる。守って見せるさリンゴォ・ロードアゲイン。貴様のような平民に言われずとも、僕は彼女を守って見せる) 盾になれなかろうが、柵止まりだろうが関係なく。 ギーシュの心の中には、明確なイメージが出来上がりつつあった。この状況で『理想の自分』を脳裏に描くという、異常さに気づく事も無く。 ヨロイはあったほうがいい。ワルキューレのような青銅色のいかした奴が。 ヨロイの隙間は、目の前にある網を張り巡らせよう。 見た目は筋骨隆々……は、無理だろうから、豹のように力強くしなやかで美しいフォルムがいい。 ドクンッ そんな事を考えながら、ちらりとフェンスの向こう側を見る。 影の上には相変わらずの砂鉄の山があり、その向こうにはこちらを油断なく見つめるジョリーン達がいて。 派手に散らばった砂鉄が、ギーシュとモンモランシーにも飛んできていて…… そこまで考えてから、ギーシュはようやくおかしな点に気付く。 (――出てこない?) 「いつまで隠れてんだよ!?」 いつまでたっても隠れたままのブラックサバスに才人も苛立ったらしく、歯噛みして影を睨み付けた。 「やばいわね。影の中で傷を治してるのかも」 「――どういう意味だ?」 「あいつ、再生能力あるみたいなのよ」 「……厄介だな」 リゾットとジョリーンは、決して影から眼をそらさぬままに会話をし、ルイズはリゾットの背中で今にも気絶しそうなほど顔色を悪くして、会話に参加する気力すらないようだった。 (持久戦に持ち込むつもりか……? なら!) ドクンッ 「……」 「……え? ギーシュ!」 ギーシュは身を切られる思いでモンモランシーから離れ、自分のマントを脱ぐと、バサリとフェンスにかけた。 そして……フェンスの向こうのモンモランシーの影に、ギーシュのマントの影が重なった。 「さあ、行こうモンモランシー」 「え!? けど……」 「大丈夫だ。さっきもこうやって引き離したんだ」 ワルキューレの影を使って自分の影から引き離したのと、同じ方法だった。 こうしてモンモランシーが移動すれば、ブラックサバスはマントの影に置き去りにされるはずである。 「駄目……ギーシュ……私、立てない……」 「……大丈夫」 へたり込んだまま震えて、涙目で見つめるモンモランシーに、ギーシュは顔で笑い、内心で怒った。自分自身にだ。 (本当に僕は度し難い) ドクンッ これほど近くに居ながら少女一人助けきれない自分の非力が、彼には忌まわしい。今の自分と着たら、精神力0の役立たずもいいところなのだから。 魂を抜かれて刺された後遺症か、動くだけで悲鳴を上げる肉体を制し、ギーシュはモンモランシーを抱き上げるも、あげきる事ができずに半ば地面を引きずっている状態だ。そして、ゆっくりと慎重に、マントとフェンスから距離をとった。 影が、ゆっくりゆっくりとフェンスから抜け出て、完全に分かれる。だがそれでも、ギーシュは満足しなかった。 一歩でも遠く、一歩でも安全な場所へと、モンモランシーを運ぼうと足を動かす。 「――僕達は十分に離れた!」 50メートルほど離れても尚足を動かしながら、口を動かし、周りの人間……特に、マントが陰になって見えないであろうジョリーン達に事実を伝えた。 ――その時! ぼ ご ぉ っ ! ! 土が、爆発した。 まるで、真下から強大な何かに突き上げられたように見あがる土の中に、それは居た。それはモンモランシーの引きずられていた足を片手で掴み、お決まりの言葉を吐く 『チャンスをやろう……『向かうべき二つの道』を……!』 ――ブラックサバスだった。 (な、なんだってぇぇぇぇぇぇぇっ!?) いきなり真正面に現れた悪魔の姿に、ギーシュは驚いた……当たり前である。 フェンスの向こうにいるはずの存在が、いつの間にかここまで回り込んできて、地面の下から現れたのだから。 「っ!!!!」 足を掴まれ、半狂乱になって叫び声すら出ないモンモランシーは、恐怖と安堵が繰り返された所に追い詰められ、尿道が決壊し水溜りを作ってしまう。 (こ、こいつ、ここまでどうやって……!? 影なんて、何処にも! ……ハッ!?) ギーシュは困惑し、気付いた。 ある。影なら……この校庭の地下に、山程! (こ、こいつは……僕を射抜いた時と同じように、ヴェルダンデの掘った穴に潜りこんだのか! トンネルの中で腕だけを出して天井をぶち抜いて、そこから顔を出したんだな!?) モンモランシーの影からどうやってトンネルの中に入ったのかまでは、ギーシュにも分からなかったが……ブラックサバスが影に潜る時に、巻き上げた砂鉄、コレが答えである。 ブラックサバスは、砂鉄を巻き上げる事で、ほんの一瞬だけ砂鉄の影による橋を、穴との間に作ったのだ! 一瞬の移動だけならば、薄い影でもある程度の大きささえあれば可能なのである。後は、ギーシュの推察どおり。 「あ、う……ひ……」 「!? くそっ!」 モンモランシーの漏らすか細い声に我に返り、ギーシュはなんとか彼女を助けようと、ブラックサバスをにらみつけた。 精神力だの何だのと言う問題は、もはや脳裏の片隅にもない。 今は、彼女を助ける事だけを、考える! 「お お お お お お っ ! ! ! ! 」 ギーシュは吼えた。 極めて貴族らしくなく、野蛮人のように吼えた。 魔法は既に使えず、あるのは己が拳のみ。 ならば、それを振るうだけ。 リンゴォ・ロードアゲインは夢の中で言った。 『お前は柵がせいぜいだ』と。 ならば、ギーシュは柵がいいと答えた。風も雨も火も通す、けど凶暴な獣から羊たちを守れる柵がいいと。 拳を握り締め、振りかぶるギーシュの脳裏に、先ほど思い描いた『もう一人の自分像』が浮かんだ。 ワルキューレと同じ青銅の上半身鎧、指先から肘を覆うナックルガード、膝頭まで覆うブーツ……それ以外の場所は青銅色の網で覆われ、その体躯はしなやかな豹のよう。 そして……相貌は…… 薔薇の意匠をあしらった、兜! ど く ん っ ! ! 最後のピースが当てはまり。 ギーシュが無意識のうちに無視していた、心臓以外の何かが脈動する音が、一掃高鳴って、『それ』は発現した! ば き ゃ ぁ っ ! ! ! ! 『!!!!?』 ブラックサバスの顔面が殴られてへしゃげるのを見た者は、三人。 その三人は、全員が驚愕した。 殴られた当人である(人であるかどうかは疑問だが)ブラックサバスは勿論の事、目の前で目撃したモンモランシー、殴りつけたはずのギーシュ本人に至るまで、全員がだ。 原因は、明白だった。 殴られた弾みに拘束が緩んだのを見逃さず、ギーシュはモンモランシーを文字通り引きずって、ブラックサバスと距離をとる。 そこで改めて……ギーシュは、己がブラックサバスを殴りつけた腕を凝視する。 それは、ギーシュが生まれ持った右腕――『ではない』! 右腕から生えた、幽霊のように半透明でなナックルガードをつけた別人の腕だった。 ギーシュが殴りつけようとした瞬間に、右腕から飛び出してブラックサバスをぶちのめしたのである。 「ぎ、ぎーしゅ……それ、なに??」 「ぼ、僕にも何がなんだか……」 恐怖が抜け切ってないのか震える声で問うモンモランシーに、ギーシュは右腕と幽霊の腕を交互に動かしてみせる。 不思議な事に、両方ギーシュの思い通りに動くようである。 「僕の意思で動くみたいだけど……なんで、こんな『腕』が」 「違うわよ! そうじゃなくて……!」 『腕』と言う単語に反応し、モンモランシーは叫んだ。ギーシュの右横を指差して、 「あなたの、その『傍らに立ってる幽霊』!」 ――幽霊? 叫ばれ、指差され……その上幽霊などと言う単語まで聞こえてきて、ギーシュはそちらを見ずに入られなかった。そして、モンモランシーが驚いた本当の理由が理解できたのである。 そこに居たのは――しなやかな豹のような体躯を持った、人型の幽霊だった。 ┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨……! その幽霊は、ギーシュの右側に半身になって佇んでおり、伸ばした右腕がギーシュの右腕の中にめり込み――否、重なっていた。 何より驚愕すべきは、そのデザインだ。 上半身鎧とナックルガード、ブーツ等の鎧は全て青銅で、そこ意外は金網で覆われていて、兜には薔薇の意匠が掘り込まれ――まるっきり、ギーシュが思い浮かべた『もう一人の自分』と同じなのである。 「こ――こいつは――?」 一瞬、悪魔の同類か? と言う考えがギーシュの脳裏をよぎったが、すぐさま打ち消された。 心のどこかで確信する。 こいつは、味方だと。 『ひとつは――』 『!?』 ぞわりと背筋を駆け抜けた悪寒に、ギーシュは拳を握り締め、モンモランシーは短い悲鳴を上げて足を縮める。 モンモランシーの影から、ゆっくりと浮かび上がってきたのは……ブラックサバス。足を掴んだ際に既に影への侵入を果たしていたらしい。 「生きて選ばれる者への道、かい?」 『生きて『選ばれる者への道』……さもなくば』 自分の突込みを機械的に受け流し、壊れたテープレコーダーのように同じ答えを繰り返すブラックサバスを、ギーシュは睨み付けた。 片腕を失い、全身に切傷を浮かべ、ボロボロの悪魔を。 ギーシュはとっくに切れていた。自分自身にも、この悪魔にも。 何なのだこのバケモノは! さっきから何の権利があってモンモランシーを怯えさせているのだ!? 僕はさっきから何をやっている! モンモランシーの『安心』を含めて全て守らなければならないのに! ああ、自分は穴だらけの柵なのだと、ギーシュは改めて思い知らされた。なんという間の抜けたことか。 目の前の影に集中している故か、ジョリーン達がこっちに気付く様子はない。周りの人間の援軍も期待できない。 いや、『そんなものは無いほうがいい』。そんな事になれば……モンモランシーの『茶』の存在が、衆目に晒される事となるだろう。 ここで助けを呼んでしまえば、彼女の『名誉』が傷つく! それだけは避けねばならない! ギーシュは無言で懐から香水の小瓶を取り出すと……その作り手である、自分の足を掴もうとするブラックサバスの左手から逃げ回っていたモンモランシーに手渡した。 「香水を、ぶちまけた……そういう事にしておこう。モンモランシー」 「え? あ、う……」 そういわれて初めて自分が失禁していた事に気付き、モンモランシーは顔を赤くして縮こまってしまった。そんな彼女の隙を逃さずブラックサバスの手が伸びて―― 「 シ ャ ラ ァ ッ ! ! 」 ず が ん っ ! ! ギーシュの従えた『幽霊』の拳が、その顔面に突き刺さった。弾みでモンモランシーを捕らえようとしていた腕は止まり、その隙にとばかりに、モンモランシーは香水の中身を股間にぶちまける。 敵はなおも圧倒的なパワーを誇る。 こうしている間にも、切傷はシュウシュウ音を立てて塞がっているし、援軍は一人も望めないと言うのに。 ギーシュは、負ける気がしなかった。モット伯のときと同じように! ――お前は、僕に従うのか? 心の中での問いかけに、幽霊からの返事はない。ただ……肯定するような気配が、『魂』に伝わってくるのが分かる。 ――お前は、彼女を守れるか? 魂に響くのは、肯定。 ――ならば。 腰が抜けて動けないモンモランシーに対し、なおも腕を伸ばすブラックサバスに、改めて敵意を向けて、命じた! 「 彼 女 を 守 れ ! 」 命令が発せられると同時に、『幽霊』はその拳を地面にたたきつけ―― が し ゃ ぁ ん っ ! ! フェンスが――二人とブラックサバスを分かつようにして出現した! ば さ ぁ っ ! 目の前の影を警戒し、身構えていたジョリーン達の前で。 一枚目のフェンスは消滅し、マントが地に落ちて……その向こう側の光景が、あらわになった。 「――ギーシュ!?」 「行くぞ才人ッ!」 マントの陰になって見えなかった場所でブラックサバスとフェンス越しににらみ合う友人の姿に、才人は思わず声を上げる。 隣に佇むのジョリーンは、すぐさま援護のために駆け出した。 その横に追随しながら、リゾットはふむと心の中で『フェンス』について考える。 ギーシュの傍らに立つスタンドを見つめながら、 (あのフェンス……矢張り、スタンド能力だったか……『フェンス作る』のが能力なのか? ビジョンからして接近戦パワー型のようだが) 勿論、それだけで完結するような能力ではないだろう。 ただのフェンスだったら、ブラックサバス相手に小揺るぎもしないなど考えられない事だ。それに、一般人である才人にすら視認出来るほどの圧倒的なパワーの説明がつかない。 (あのフェンス……『まだ何かある』……!) リゾットは、そう確信していた。 ブラックサバスがフェンスを掴んだまま微動だにしないのを前にして、ギーシュもまたリゾットと同じように、フェンスの謎に気付いていた。 (さっきは、指で押したら、指で押したのと同じだけの力が金網から跳ね返ってきた) もしや、と脳内で仮説を立てて、今度は拳でフェンスを押してみる。 ぐわっ 思ったとおり、今度は『まるで自分がもう一人居て拳を押し付けているような』全く同じパワーが、拳に対して帰ってきた。次に、軽くジャブを打ち込んで見ると、打ち込んだ拳にジャブが打ち込まれたような衝撃が走った。 それによって、確信する。 (こ、この金網は――『鏡』だ! 鏡のように網にかかったエネルギーと全く同じ量のエネルギーを反射させているんだ! 灯の悪魔が動かないのは、こいつの持つ能力のせい! 今、灯の悪魔は自分自身が持つ圧倒的なパワーと全く同じエネルギーをぶつけられているんだ! いい勝負の綱引きは綱が全く動かないと言うけど――) 今のブラックサバスは、まさに『いい勝負の綱引き』状態なのだと、ギーシュは悟った。 ブラックサバスが金網に対して加えた『圧迫する力』は、全く同じ『圧迫する力』となって跳ね返されている状態。 ブラックサバスは、自分自身と取っ組み合いをしているようなものだった。 そしてブラックサバスの戦闘本能はこの状態を、『反射』によるものではなく、フェンスからの『攻撃』によるものだと誤認していたのだ。 それ故に、影の中に不用意に潜れば追撃されると判断し……ブラックサバス自身が、自身を縛り付けていたのである。 「どうせ言っても分からないだろうね……君のような悪魔には」 相手は動けない。 それが分かれば話は別だった。ギーシュは軽い足取りでフェンスの裏……ブラックサバスが居る位置にまで回りこむ。『幽霊』をつれて。 「だけどあえて言わせてもらうよ。どうしても、言わなきゃ気がすまないんだ」 パワーを跳ね返す。衝撃を跳ね返す……ならば、やりようはある。 ギーシュは薔薇の造花……使えないそれを咥えると、未だに網と独り相撲を続けるブラックサバスに向かって告げた。 「貴様は――僕の級友達やモンモランシーの命を! 侮辱した!!」 「 償 え ! ! 」 どがっ! 幽霊の拳……最初の一発は、ブラックサバスの左手……フェンスを押さえつけているほうの手にぶち込んだ。 ブラックサバスの拳越しにフェンスに叩き込まれた『衝撃』は、そのままブラックサバスの掌に跳ね返り、メキメキと音を立てる。 『――!』 「シャラァッ!!」 フェンスを掴む手がほんの僅かに緩んだところで、今度は背中への一撃。 ブラックサバスの体がはずみでフェンスに叩き付けられ、その衝撃が跳ね返ってブラックサバスをギーシュに向かってふっとばし…… 「今だ! ヴェルダンデ!」 もぐぅっ!! 「え!? 何……きゃっ!」 ギーシュの号令にあわせてモンモランシーの真下の地面が盛り上がり、そこから巨大モグラが現れた。 ギーシュが矢に刺された時に、怖くて地面に潜ってしまったのを、呼び戻したのだ。 ヴェルダンデは頭の上に載ったモンモランシーをしっかり抱えると、そのままギーシュとは逆方向に這いずり始めた。 『――!』 影が、遠ざかる。 それを本能で感じ取ったブラックサバスは、何とか影にもぐりこもうと、影に飛び込もうとして―― がしゃんっ! ギーシュのスタンドに殴り飛ばされ、再びフェンスと激突させられる。全力をこめた一撃と、それによって発生した反射エネルギーはブラックサバスの体を、壁に叩き付けられたボールのように跳ね返し―― 『あ……』 ぶちりと。 音を立てて、ブラックサバスとモンモランシーの影の接続が切り取られる。 『グアアアアアアアあアッ!』 影から追い出され太陽光に炙られるブラックサバスに、もう一度拳をぶち込んでフェンスに叩きつけてから、ギーシュは一歩横に避けた。 跳ね返され、自分の横を通過していくブラックサバスの背中に、振り返りザマにラッシュを叩き込む! 「シャララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララ!! シャラァァァァァァァァァッ!!」 『グギャァァァァァアアアアアアアアッ!!!!』 ド派手にぶっ飛ばされ、ブラックサバスが落ちた場所には、今度こそ何もない。 モグラの穴も、敵の影も、物の影も、何もない。 『アアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!』 「僕の歩いている道は……『光輝く勝利への道』なんだそうだよ」 ありもしない影を求めて悶え、光の中で溶けてゆく悪魔に、ギーシュは言い捨てる。 「影から出たら消える運命の君が立ち塞がったんじゃあ……この結果は当然だろう? 『灯の悪魔』」 『真昼という時間帯』 『事前に敵に対する十分な情報を知っていた事』 『ギーシュがワルキューレと言うゴーレムで、スタンドを動かすのに良く似た感覚を掴んでいた事』 『ブラックサバスが片腕になっていた事』 『能力の相性』 数多の勝因があり、どれか一つでも欠けていたら敗北していたであろう薄氷の勝利だった。 ギーシュ自身がブラックサバスの選別から逃れ切れなかった事を考えると、敗北ともいえるかもしれない。 それでも……ギーシュ・ド・グラモンは、まず間違いなくブラックサバスを滅したのだ。 「ギーシュ!」 「才人!? ちょ、才人!」 ギーシュには、勝利の感慨や彼の女神の声を感じる余裕など全くなく。 慣れないスタンドの酷使と疲労によって、同じくガンダールヴの酷使によって限界だった才人と同じタイミングで、その場にぶっ倒れた。 「やれやれだわ……あの子、一人でやっちゃったわね」 「正確には、二人でだ……」 ヴェルダンデに運ばれてきたモンモランシーがギーシュを介抱し、眼を回す才人を、ルイズとシエスタがわたわたと揺さぶっているのを眺めながら、ジョリーンとリゾットは素直に二人に賞賛の意を示した。 ブラックサバス殲滅の功労者たちが眠っているのは、先程までは危険地帯であった、城壁間際の日陰である。そこから10メートルも離れていない場所に、リゾットとジョリーンは腰掛けている。 二人とも、お互いの上司から労いを受け、しばらく休むようにというお達しを受けていた。 「平賀才人があの悪魔の腕を切り落とした事が、グラモンの勝利に貢献した……他の勝因をあわせて考えても、あの二人は良くやった……」 (ブラックサバス相手に死者一人……本当にたいしたものだ) 内心で付け加えるリゾット。数十人単位で死人が出ると考えられていた計画だったのだから、この評価は正当なものであろう。 オスマンの采配が大きいのだろうが、襲われた彼らが一人も死なずに抵抗しきった事は賞賛に値する。 「ほんっと、たいしたもんね……こっちなんて、ろくに活躍できなかったってーのに」 「……あんたは、少なくとも俺より役に立っていた……」 「そりゃそーだろーけどよー……何つーか、あたしのアイデンティティが……」 なんか、どんどん言葉遣いが悪くなっていくジョリーンに眉をひそめるリゾット。姫殿下直属の騎士団と言うのは、こういうラフな口調で勤まるのだろうか? 「それに……」 「?」 「あんたは、『これから』が忙しい……そうじゃないか?」 リゾットの静かな言葉に、ジョリーンの表情が引きつる。 相手の思惑がどのようなものかわからないとはいえ、事が姫殿下その他貴族多数を巻き込んだ大事件である。 モット伯の事件など比べ物にならないほどに、騎士団は大騒ぎになる筈だ。 書類仕事が苦手な自分にも、そのお鉢が回ってくるだろう。ひょっとしたら、今地方で任務に当たっている仲間の分もやらされるかもしれない。 「――やれやれだわ」 これから増えるであろう激務の予感に、ジョリーンはうんざりだと言わんばかりに嘆息した。 ギーシュ・ド・グラモン:極度の精神的疲労により、丸一日眠り続ける。 モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ:ギーシュの渡した香水のおかげで、『洪水』の二つ名は免れる。 平賀才人:ギーシュよりも早く半日で目覚め、自分を看病していたルイズにモット伯の一軒での言動を改めて謝ったらしい。 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール:相変わらずのツンデレだったが、才人の謝罪を受けて、彼女も過ちを認め、ギスギスした空気は完全に解消された。 キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー: モンモランシーの茶に気付いていたが、気を回して沈黙を守った。 タバサ:涼しい顔して実はブラックサバスがトラウマになったらしく、その日の夜は布団に地図が出来上がったらしい。 イカシュミ・ズォースイ(リゾット・ネェロ):援護の功績が大きかったとの事で、宝物庫付近をうろついていた事に関しては、何も言われなかった。 ジョリーン・シュヴァリエ・ド・クージョー:予想通りのデスクワークと膨大な仕事に頭を抱える。 アンリエッタ:無傷であったが、ブラックサバスよりもプラントの死に様がトラウマになったらしく、しばらく悪夢にうなされた。 オールド・オスマンとミス・ロングビルは…… ――オスマンは、無言で目の前に広がる『それ』を見下ろす。 周りの者たちが口元を押さえ、匂いに噎せ返り、吐瀉物の落下音が聞こえようとも、決して眼をそらさなかった。 そして、改めて視線を真上に上げる。 夕焼けに照らされる魔法学院校舎……宝物庫を幾重にも補強したはずの壁に、ぽっかりと闇がその口を開けている。 報告によれば、極低温で凍らされたところに強烈な力が加わって砕かれたそうだが…… 「のぉ、コルベール君」 「はい」 ぽつりと。 背後に控えるコルベールに向かって、オスマンは口を開いた。 「わしは、出来うる限り人を憎むとか、怒るとかそういう事はしたくないんじゃよ……疲れるからのぉ」 「はい」 「年寄りには辛いんじゃよ、そういう負の感情を抱き続けることは。 じゃが……」 ギリリッ オスマンの歯が噛み合わさって、軋る音がコルベールの鼓膜を叩く。 「今回ばかりはそれも無しじゃ……土くれは、必ず裁かねばなるまい」 「同感、です」 コルベールも、抑えきれない怒りを拳を握り締める事で抑えながら、オスマンの言葉に同意した。 強烈な血臭が嗅覚細胞を蹂躙し、ただでさえ赤い夕焼けの光が、血で反射して更に赤く彼らを照らす。 宝物この穴の真下、校舎の壁際に、それはぶちまけられていた。 彼らの足元に広がるのは、血溜り。そこには、『元人間であったものの破片』がぐちゃぐちゃに撒き散らされて、沈んでいる。 血の海に半ば沈み、ぐしゃぐしゃに歪んだ針金は、肉片の主が愛用してきたメガネの成れの果てであり、傍でつぶれた眼球が理知的な光を点す事は二度とない。 そして……正面の壁には、その血で書かれたと思われるメッセージが踊っていた。 『破壊の杖確かに頂戴致しました 土くれのフーケ』 オールド・オスマン:フーケ討伐隊を本格的に編成する事を決意。 ミス・ロングビル(?):ゴーレムに叩き潰され、再起不能(リタイヤ)
https://w.atwiki.jp/tryneet/pages/83.html
なぜかたまに食いたくなるものシリーズ第3弾。 トマト鍋にチーズと米入れてリゾットにするとおいしい。 調理法によってはバスクリンの匂いがする場合がある。 try-NEET
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/395.html
フーケ捕縛から数日経ったが未だイタリアへ戻る手段は見つかっていない。 左手のルーンは『ガンダールヴ』の印というもので始祖ブリミルの使い魔で武器全般に精通していたらしく パンツァーファウストの使い方が分かったのもこれの効果らしかった。 グレイトフル・デッドを使い敵を排除してきたため今まで気付けなかったのだが武器なら特になんでもいいらしく発動するらしい。 「ふん…スピードとパワーが上がっているが…本体に上乗せされる形みてーだな」 デルフリンガーを持ち試してみて確認できたのは 1.本体のスピードとパワーの上昇 2.武器の使用方法が理解できる この二つだ。 スタンドも同時に発動させてみるが、グレイトフル・デッドの破壊力と精密性とスピード自体は上がっていない。 直触りに関しては、本体が直触りを仕掛ければ済むが片手が塞がってしまう事で攻撃は弾いたりする事は可能だが直は片手のみで行う事になる。 「本体のパワーアップか…スタンドの能力を重視するか…か。両方できりゃあいいんだが、そう都合よくはいかねぇもんだな」 錆を落としながら (リゾットならメタリカですぐ落とせるんだろうがな) と思っているとデルフリンガーが口を開いた。 「兄貴ィ、兄貴の横に居る化物は何なんだ?」 「……オメー、スタンドが見えているのか?」 「見えてるというより感じていると言った方が正しいぜ」 「まぁ剣が話してる事自体異常だからな…感じ取れても不思議じゃあねぇが」 「それにしてもおっかねぇよなぁ…夜に他のヤツが見たらぜってー茶ァ出すね」 「違いねぇな」 茶の部分はスルーし、己のスタンドを改めて見る。 下半身は存在せず胴から下は触手が『ウジュルジュル』と言わんばかりに蠢き無数の眼を持ちそこから煙を出しながらにじり寄ってくる化物を夜に見れば誰だってビビる。 ペッシが初めてグレイトフル・デッドを見た時なぞ本気で泣いていた事を思い出す。 もちろん説教に突入したのは言うまでもないが。 錆落としと印の効果を試し終えると、爆睡かましているルイズを叩き起こし授業へと向かう。 正直興味は無いが『護衛』継続中であるからには一緒に出ておかねばならない。 適当にルイズの近くの席に座る。 さすがにこの段階になって誰もその行為にケチ付けようとする者は居ない。 そこに新手の教師が現れる。 長めの黒髪に漆黒のマントを纏い冷たい外見と不気味さを併せ持った男だ。 「…雰囲気がリゾットに似てるな」 「リゾット?誰それ」 「オレ達のリーダーだ」 男が『疾風』のギトーと名乗った。 外見に反して結構若いらしく、その辺りもリゾットに似ている。 だが、性格そのものはリゾットとは大違いで一々人を挑発するような言い方をする。 (夜道に後ろから刺されるタイプだな) 率直にそう思う。 プロシュート自身、些細な恨みを積もらせ殺されたヤツを腐る程見てきた。 挑発に乗ったキュルケが直系1メイル程のファイヤーボールを作り出しギトーに向け放つが ギトーは腰に差した杖を引き抜きそのまま剣を振るような動作で烈風を作り出し火球を掻き消す。 その烈風に吹っ飛ばされキュルケがこっちに吹っ飛んでくるが避けるのも何なので一応受け止めた。 それが元でルイズとキュルケが睨み合いを始めるがギトーはそれを無視するかのように解説を続ける。 「『風』は全てをなぎ払う。『火』も『土』も『水』も『風』の前では立つことすらできない 試した事は無いが『虚無』さえも吹き飛ばすだろう。つまり……『風』が最強だぁぁぁ!はらしてやるッ!!」 もちろん様々なタイプのスタンド使いと戦ってきたプロシュートはそうは思わない。 地形、相性、策、他にも色々あるが様々な要因で勝敗が変わる事を身を以って知っている。 グレイトフル・デッドの老化がギアッチョの氷に通用しないがリゾットの磁力では氷を突破できる事を。 そしてまたリゾットが姿を消したとしても自分の能力ならば見えなくとも攻撃できる。 ホルマジオがよく言っていたが要は使い方次第で幾らでも変わるのだ。 ギトーがヒートアップしながら 「カスのくせによォォ~~ええ!ナメやがって、てめえ!」 と呟いているがそこに妙な格好をしたコルベールが乱入してきた。 プロシュートが思わず(どこのルイ14世だ)と突っ込みを入れたくなるぐらい不似合いな格好で。 その慌てている様子から見てかなりの大事なのだろうと予想を付ける。 コルベールが授業の中止を告げると教室が歓声が上がった。 「本日先の陛下の忘れ形見、アンリエッタ姫殿下が、本日ゲルマニア御訪問からのお帰りに、この魔法学院に行幸されます」 早い話偉い人が来るから出迎えの準備を生徒全員で行うという事である。 魔法学院の正門を通り王女を乗せた馬車を含めた一行が現れるのと同時に生徒達全員が杖を同時に掲げる。 北の将軍様も驚きのタイミングだ。 オスマンが馬車を出迎え絨毯が敷かれ馬車の扉が開き先に男が先に外に出て続いて出てきた王女の手を取った。 同時に生徒達から歓声が沸きあがる。 「随分と人気があるみてーだな」 「当然じゃない、トリステインの花って言われてるのよ」 だがプロシュートの興味は王女より鷲の頭と獅子の胴を持つ幻獣に乗った羽帽子の男を見ていた。 (マンティコア…いやグリフォン…だったか?メローネがやってるゲームで見た事あるが 貴族ってのはマンモーニばかりだと思っていたが…やりそうなのも居るじゃあねーか) ルイズやキュルケもその男に視線がいっているのだがプロシュートも見ているため気付いていない。 三者三様の視線が浴びせられている事も気付かず男は去っていった。 夜になり部屋に戻ったルイズとプロシュートだがルイズがベットに腰掛けたまま動こうともせずポケーとしている。 別にプロシュートにとってはどうでもいいのだが何時もと違う様子にはさすがに違和感を感じていた。 しばらく何もしないでいると、プロシュートの顔が瞬時に暗殺者のそれに変化したッ! (……一人だが…抜き足差し足でこっちに向かってきてるな) その時ドアがノックされた。 規則正しく長く2回、短く3回ノックされそれを聞いたルイズがハッと気付いたかのように反応した。 だがスデに警戒態勢に入っていたプロシュートの方が早い。 急いで着替えているルイズを尻目にドアを慎重に開ける。 真っ黒な頭巾を被っていた人が部屋に入ってきたのを見た瞬間――― 「きゃ……ッ……ッ…!」 プロシュートが流れるような動きで叫ばれないように口を押さえ押さえ込むようにそいつを地面に押し付けていた。 「…オメーみたいにあからさまに怪しいヤツってのも今時珍しいが そんな格好で人の部屋に入ってくるって事は賊とみなされても仕方ないって『覚悟』してきてるんだろうな」 言いながら、頭巾を剥ぐがそれより先に何かの魔法を使われた。 「ーーーッ!グレイトフル・デッド!」 何かの魔法を使われたからには老化させるしかない。その結論に達し直触りを仕掛けようとした刹那―― 「やめてプロシュート!そのお方は姫殿下よ…!」 慌ててそう叫んだルイズが膝を付いた。 その声に瞬時に反応し直触りを中止する。 頭巾を剥いだ顔を見る、興味が無かったためあまりよく見ていなかったが確かに昼間見た王女だった。 それを確認し、拘束を解くがまだスタンドは何時でも触れられるようにしてある。 アンリエッタが多少苦しそうに、だが凛とした声で言った。 「お久しぶりね…ルイズ・フランソワーズ」 ←To be continued 戻る< 目次 続く
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/250.html
昼飯時、ポルナレフは苦虫を噛み潰したような顔で食堂の入口の近くの壁にもたれていた。 そんな顔してそんな所にいるのにはやはり理由があった。 その日の朝。 ずっと幽霊だったポルナレフにとって久しぶりの睡眠であったため目覚めも非常に良かった。 彼は、こんな清々しいのに頭からゆっくり出るようなことはしたくない、と思い、膝を曲げて反動を付け、思いきりジャンプした。 そして着地ッー! グシャァッ! 「『グシャァ?』」 その謎の効果音に恐る恐る下を見た。 見事同時に着地した両足の下にあったのは見覚えのあるピンクの長髪と鳶色の目をした少女の顔だった。 普段冷静沈着である彼の顔にもさすがに冷や汗が流れる。 「…あー、おはようございます。ご機嫌は如何ですか?我が主人?」 「………イッペン死んでみる?」 彼は散々鞭で打ちつけられボロ雑巾と化した後、一週間の食事を抜かれることとなった。 朝食ヘ向かう途中 「まさか亀が夜中の内にベットに載っていたなんて思わなかったんだ…」 と何度も弁明したのだが、取り消してはもらえなかった。 しかも泣きっ面に蜂と言う様に不幸は立て続けに起こった。 朝食後、ルイズとポルナレフ(と亀)が教室に入ると全員がその隣にいる男を凝視した。彼等はパニックに陥り、亀の中から男の生首が出て来たということしか覚えてなかったからだ。 「あいつ…亀召喚しなかったっけ?」 「違う…あの男の顔をよく見ろ…亀の中から出てた顔だ。ほら脇に亀を持ってる…」 ルイズ達を指差しクラスメート達がひそひそ話をしだした。 ルイズはそんな連中を睨み付けたが、ポルナレフは周りにいる使い魔達をしげしげと眺めつつ、壁にもたれ掛かった。 教師が入って来て授業が始まった。 ポルナレフにとっては魔法の授業というのは珍しく新鮮なものであったので、それなり真剣に聞いていた。 その中で分からない単語、トライアングルだの錬金だのをルイズに聞いていたら教師に注意され、ルイズが前に出て錬金をやらされることとなった。 「ルイズをッ!?先生そればかりはやめた方が…」 赤毛の褐色の肌をした少女の言葉を皮切りにクラス中から反対のコールが起きた。 しかし周りの反対を押し切りルイズは前に出ていった。そして呪文を唱えたのだが、何故か爆発が起こった。 周りの異常な反応にポルナレフの警戒心も久しぶりに覚醒し、他の生徒同様机の下に避難したため無事だったが、教師は助からず最低でも二時間は気絶していた。 教師が意識を取り戻した後、当然罰として掃除をやらされることとなったのだが、ルイズが「主人の責任は使い魔の責任」と掃除をポルナレフ一人に押し付けようとしたのでポルナレフは 「貴様の事を何故俺が一人でやらねばならんのだ? 大体成功するという確信もないなら初めからするんじゃない。」 と拒否した。 「うるさいッ!あんた使い魔の癖に口答えするつもり!?」 「別に俺は間違ったことは言ってないはずだが?」 ポルナレフの態度はルイズが激怒していた所にさらに油を注ぎ込むことになった。 「もういいッ!あんたまで私を馬鹿にするなら更に三日ご飯抜きッ!」 「貴様は俺を殺す気か!?」 「私が上ッ!あんたが下よッ!」 「お前が下だッ!!」 結果、更に三日追加され計十日飯抜きという実刑が下ってしまった。 「『ゼロ』のルイズか…よりによって魔法を一つも使えない主人なんて先が思いやられるな…餓死する前に逃げるか…?」 幸いルイズは亀の能力に気付いていない。というよりどうやら認めたくないらしい。 「まあその亀がいるからしばらくは大丈夫なんだが…」 ポルナレフは長い付き合いとなる相棒の亀を見た。 亀の中にはジョルノ達がいざという時にということで冷蔵庫の中に食料が入っていた。 しかしそれにも当然限りがある。多分持って一週間しかない。 どうにか食事を確保せねばその内餓死してしまうのはコーラを飲んでゲップが出るくらい確実である。 「しかしどうすれば…」 ポルナレフが思わず天を仰いだその時、 「あ、あの…どうかなさいましたか?」 誰かがポルナレフに話し掛けてきた。 ポルナレフが声の方を見るとメイドの恰好をした黒い髪の少女がこっちを見ていた。相手の丁寧な口調に自身も自然と丁寧になる。 「いや…特に何も無い」 ポルナレフはそう言ったのだが、少女は足元の亀を見て、思い出したかのように言った。 「あ、もしかして貴方がミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう平民と亀の…」 つくづく亀の方が有名らしいな、そう思ったのだが黙っておくことにした。 「その通りだが…君もメイジか?」 「いえ、私も平民です。ここには奉公のために貴族の世話しに来ているんです。」 (どうやらここは魔法だけでは補え切れない所があるから平民をいくらか雇っているらしいな。 しかしこれはチャンスだ。上手く行けば彼等から食事を分けてもらえるかもしれない。) 「私はシエスタと申します。良ければお名前を…」 「私はJ・P・ポルナレフだ。亀はココ・ジャンボと言う。」 「ポルナレフさんにココ・ジャンボさんですか…人間と亀って何だか変なコンビですね。」 シエスタはふふっと笑った。 ポルナレフはその笑みにふとJガイルに殺された妹を思い出した。 「…」 「どうかしましたか?」 「いや、何でもない。ただ、妹を思い出してな…」 「妹さんを、ですか?」 「ああ。あいつも君と同じような笑い方をした…いい妹だった。…もう何年も前に殺されたがね…」 「そうでしたか…」 ポルナレフの寂しそうな顔に思わずシエスタも黙ってしまった。 「あ、いや、こんな事を言って済まなかった。今のは聞かなかった事にしてくれ。それより頼みたい事があるんだが…」 「なんですか?」 「実はな、あの憎たらしい小娘に十日も食事を抜くと言われてな…だから何でもするから、しばらくの間食事を世話して貰いたいのだ…」 ポルナレフが頭を下げ頼み込むと、シエスタはまた笑って 「そんなことでしたか。いえ、ずっとそこにいらっしゃるのでどうなされたのかな、と思いまして…どうぞこちらへ」 と言って、どこかへ案内しだした。 To Be Continued...
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2459.html
前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔 窓から日の光が康一の寝顔を照らす。まぶしくて、康一はもぞもぞと起き出した。 ベッドに目をやると、毛布に包まった塊のようなものが寝息を立てている。 「そっか・・・ぼく、あのまま気絶しちゃってたんだ・・・」 毛布が膝元にずり落ちている。気絶していたぼくに一応毛布だけはかけてくれたらしい。 立ち上がり、うーん・・・と背伸びをする。堅い床で寝ていたので体の節々が痛い。 ここで康一は自分がまだパンツ一枚であることに気がついて、あわてて投げ散らかしてある服を着込んだ。 今日から使い魔としての生活が始まるらしい。 正直現実味がない。これが魔法の国だなんて、今でも夢だったような気がする。 しかし、実際には自分は知らない天井を見上げて目覚め、毛布からはご主人様(ということらしい、ぼくは認めたくないけど!!)の白くて小さな足が覗いている。 康一はこのご主人様(仮)を起こそうかと思ったが、先に今自分がいる場所を見て廻ることにした。 『魔法の国』というやつに康一は少年らしい興味を覚えていたし、なによりあの恥ずかしい大騒ぎの後、すぐに顔を合わせるのはなんだか気まずいからだ。 康一は音を立てないようにこっそりと扉を開け、部屋の外へと抜け出した。 康一は建物の外に出ると大きく深呼吸をした。 康一は朝の冷たい空気が好きだ。草の葉の露に朝日が当たってきらきらと輝くのも好きだし、まだ人気が少なくてシーンと静まりかえっているところも嫌いではない。 ただ、それが見知らぬ場所で自分が余所者だと、なんだか入ってはいけない場所に立ち入っているような気分になる。 康一はとりあえず顔を洗うために水場を探すことにした。 しかし昨日も思ったが、こうして歩いていると明らかに自分達の時代とは文化や文明が違う。まるで話に聞く中世ヨーロッパの建物のようだ。あちらこちらに康一には用途の分からないものが設置してある。 時々何かの文字が書かれていたりもするのだが、康一には読むことができなかった。 と、ここで康一は、はっと気づいた。 「ぼくって今まで何語をしゃべっていたんだ?」 日本語だけでなく、露伴先生のおかげでイタリア語の読み書きもばっちり、それに英語もほんのちょっぴりなら分かるが、思い返してみるとあの人たちが喋っていたのは聞いたこともない言語だった気がする。 「でも、会話は通じるんだよなぁー。どうしてだろ。」 露伴先生にイタリア語を扱えるようにしてもらったときと似た違和感がある。なぜか言葉の意味が分かり、なぜか言いたいことがイタリア語になるのである。(まぁ、ここの言葉は話ができるだけで読み書きはできないみたいだけど・・・) そんなことを考えながら水場を探してうろうろしていると、渡り廊下の奥から籠をもった黒髪の女の子がやってくるのが見えた。白と黒を基調としたエプロンドレスである。 「(うわー、メイド服だよー!)」 当然だが康一はメイド服を見るのは初めてである。というよりメイドさんという存在は、現代日本ではほとんどいなかった。 「あのー、すいませーん。」 康一が声をかけると、向こうもこちらのことに気づいていたのだろう。足を止めて微笑んでくる。 カチューシャでまとめた黒髪とそばかすがかわいらしい。 「はい、何か御用でしょうか。」 「いや、ご用といったほどのことじゃないんですけど、顔を洗いたくてですね。水場を探しているんですよ。」康一は頭を掻きながら説明した。 「かしこまりました。それではご案内いたしますね。」 こちらです。とメイドさんが案内してくれる。 歩いていると、あの・・・。とメイドさんが話しかけてきた。 「ひょっとして、ミス・ヴァリエールが召還されたという使い魔の方ですか?」 「え、ぼくのことを知ってるんですか!?」 「はい、平民が使い魔になるなんて初めてのことですから。噂になってますわ。」 少女は変わった服装だから遠くからでも一目でわかりました。と笑った。 「そっかー。ぼくは広瀬康一です。よろしく。」 「わたしはシエスタです。何か困ったことがあったら言ってくださいね?」 シエスタ!康一は昨日までいたイタリアでは、シエスタはお昼寝という意味だったということを思い出し、この少女がお昼寝しているところを想像してふふっと笑った。 その様子を見てシエスタが首を傾げる。 「? 何か?」 康一はごまかすようにあわてて手を振った。 「い、いえ。なんでも!いい名前ですね!」 水場はそこから歩いてすぐのところにあった。 康一は綺麗で冷たい水で顔と髪を簡単に洗った。 「はぁー!さっぱりした!」 「ふふふ、それはよかったですわ。」 シエスタはここに洗濯にきたらしい。篭の中を覗くと結構な量の洗濯物が入っていた。 「手伝おうか?」 手持ち無沙汰な康一は聞いてみた。 「お気持ちはうれしいですが、お仕事ですから・・・それよりも、ミス・ヴァリエールの元へ帰らなくてもいいんですか?」 シエスタは康一に尋ねた。 「うーん、戻ってルイズさんと顔を合わせるのがなぁ・・・」 康一は首をひねった。 「喧嘩でもなさったんですか?」 「まぁ、そんなところ。」 「だめですよ。貴族の人に逆らったら、大変なことになっちゃうんですから。」 シエスタは忠告してくれた。 「『貴族』・・・かぁ・・・。ねえシエスタ。貴族って怖い?」 康一が尋ねると、シエスタは洗い物の手をぴたりととめた。 「そうですね・・・ここだけの話、正直怖いです。私たち平民は貴族のきまぐれでどうでも好き勝手にされちゃいますもの・・・。康一さんは貴族が怖くないんですか?」 えーっと・・・。康一は言いよどんだ。 「まぁ・・・ぼくが住んでたところには貴族がいなかったからさ。」 「やだ康一さんたら、わたしをからかってるんですね?そんなところあるわけないじゃないですか。」 シエスタはクスクスと笑った。 「でも・・・」 シエスタは空を仰いだ。 「そんな場所があったらいいなぁ。わたしもいってみたいなぁ・・・」 康一はなんと言えばいいのか分からなくなった。 シエスタはしんみりとした空気を吹き飛ばすように。 「な、なーんて。そんなことあるわけないですよね!いいんです!貴族様は魔法っていうすごい力が使えて、私達平民は敵いっこないんですから!生まれたときからそう決まってるんです!」 康一はこの世界の『貴族』と『平民』の関係を理解した。 この世界では魔法が使える貴族が絶対で、使えない平民は生まれた瞬間から奴隷同然なんだ。 きっとシエスタも今まで嫌な思いをたくさんしてきたのだろう。 ぼくも少し前までは何の力もないただのコゾーだった。でも今は他の人にはない『スタンド』がある。でも、貴族ではない。使い魔だから平民でもない。 「(ぼくは、ここではいったいなんなんだろうなァー・・・)」 そうして雑談をしているうちに、日は昇り、少しずつ人通りが多くなってきた。 シエスタの洗濯物も終わって、康一はルイズの部屋へ戻ることにした。 別れ際、シエスタに「がんばってくださいね!」と手を握ってもらったのもあるがなにより、 「いつまでも逃げてるわけにもいかないもんなぁー」 きっとなんとかなるさ! 康一はこれでなかなか前向きな性格だった。 前ページ次ページS.H.I.Tな使い魔
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/344.html
朝食を終え、結局キノコを探す時間は取れないまま教室に向かった。 食べ始めるのが遅かったため、教室に入るのも後の方だったらしく教室にはすでに多くの人がいた。 ドアの外からは、雑談や自慢話の声が聞こえていたが、ルイズと形兆が入った時、 すべての声が止まり、一斉に形兆とルイズの方を見た。 が、それも一瞬のことで、すぐにそれぞれがそれぞれの会話を再開した。 ルイズが席に座る。(食堂の様に形兆に椅子をかせた) 形兆は嫌だったが確認しない訳にもいかなく、 「やはりおれは座れないのか?」 と聞いた。 「あたりまえでしょ」 仕方なく床に座る形兆。 形兆が他の使い魔はどんなものなのか見ようとした時、教師が入ってきた。 その先生は中年の女性で紫のローブ、帽子、体系はふくよか。 そんな優しそうなイメージの先生だ。名前はシュヴルーズと言うらしい。 簡単な挨拶をし、そのまま授業にはいる。形兆も情報収集のためにそれなりに熱心に聞いていた。 魔法は全部で『火』『水』『土』『風』『虚無』の五系統(ただし『虚無』はもう無い伝説の系統) 魔法は足すことで強くなる。 魔法をいくつ足せるかでレベルが決まる。 それくらいのことを話し、シュヴルーズ先生は『錬金』の魔法を実践する。 どこにでもあるような石ころに向かって杖を振り上げ、呪文(後で知ったが、ルーンと言う)を唱える。 すると石ころが光りだし、その光がおさまると、それは金属になっていた。 形兆は驚いたが、周りはそうでもない、どうやらこの世界でこれは『普通のこと』らしい。 「さて、次はこれを誰かにやってもらいましょう」 そういってシュヴルーズ先生は教室中を見回し、 「ミス・ヴァリエール!あなたにやってもらいましょう」 そしてルイズを指名した。 それだけならやること意外は普通のことだ。 そしてそのやることがこの世界では普通なのだから本当に普通のこととなる。 教室の雰囲気が変わることは絶対に、無い。 ルイズ以外の生徒は沈黙し、何かを祈ったり、ため息をついたり、諦めの表情をしたり、抗議したりしていた。 「偉大なる始祖よ、我らをお守りください」 「はぁ~~~、よりにもよってルイズかよ」 「やれやれだぜ」 「ゼロのルイズにやらせるなんて危険です!」 形兆は何が何なのか分からないが、その原因がおそらくルイズである以上ルイズに聞くわけにもいかない。 そのまま成り行きを見ていると、結局ルイズは前にある教壇に歩いていった。 錬金の魔法をするらしい。 そしてすべての生徒が机の下に隠れる。 わけの分からない形兆が突っ立っているとキュルケが話しかけてくる。 「あなたも隠れた方がいいわよ。怪我するといけないもの」 「ん?ああ」 そう言われたので形兆はルイズの机に隠れ、キュルケに質問をする。 「何で隠れるんだ?あと、『ゼロのルイズ』とは?」 「ま、見てなさい。すぐに両方とも分かるわよ」 机の端から顔を出し、ルイズを見る。もちろん何かあったらすぐに顔を引っ込められるように警戒しながら。 ルイズは緊張した、だが真剣な顔で、ルーンを唱え、杖を振り下ろす。 ―――そして、石ころを爆発させた。 爆風でルイズとシュヴルーズ先生は吹き飛び、壁にたたきつけられる。 結果、教室は無残な姿になった。 机は壊れ、椅子は倒れ、ヒビの入った窓ガラスもある。 そんな中、ルイズは立ち上がり、教室を見回し、 「ん!?まちがったかな…」 そう、言った。 「どこがちょっとだ!」 「いつも爆発じゃないか!」 「魔法の成功率ほとんど『ゼロ』だろ!」 「なるほど、爆発から隠れるために机に隠れ、魔法が出来ないから『ゼロのルイズ』なのか」 「そう、いつもああなのよ」 そういってキュルケは立ち上がり、歩き出す。 「どこへ行くんだ?」 「先生がアレじゃあもうこの授業は終わりでしょ?だから帰るの」 「なるほど、ああ、その前に一ついいか?」 「何よ?」 平民に呼び止められたのが気に入らないのか少し睨まれる。 「教えてくれてありがとう。助かった」 キュルケは少し驚いた顔をしていたが、 「律儀ね」 そういって微笑み、去っていった。 To Be Continued ↓↓
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1060.html
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは、万全を期していた。 トリステイン魔法学院で二年生に進級する時に行われる『春の使い魔召還の儀』に向けての練習、そしてコンディション。共に完璧。 魔法が使えなくとも、せめて使い魔だけはと言う思考があったのは認めるが、彼女が召還に拘ったのは別の理由がある。 そもそも使い魔とは召喚者。 つまりはメイジのその後の属性を決めるのに重大さを持っている。 確かに、自らのパートナーとしての側面も持ち合わせてはいるが、それは飽くまで二次的なモノ。その証拠に使い魔には代えが利くが、新たに呼び出される者は全て、決定された属性に関係のある生物だからだ。 ルイズは、この属性を決めると言う箇所に望みを掛けていた。 つまり、自らが召還した使い魔の属性を辿れば、自分の魔法の属性を知ることが出来るのでは無いかと。 それ故に、ルイズはこの召喚に失敗する訳にはいかなかった。 「宇宙の果てのどこかを彷徨う私のシモベよ……神聖で美しく、そして強力な使い魔よ、 私は心より求め、訴えるわ! 我が導きに…答えなさいッ!!」 呪文はオリジナルのモノであったが、自分の中にある全ての魔力を注ぎ込んだ呪文は、それに見合っただけの大爆発を起こしてくれたのだった。 「ゲホッ……ゴホッ……」 爆発によって舞い上がった粉塵が、喉に張り付く不快感に咳が出る。 こんなはずじゃない。こんなはずじゃない。 自分は、最高の使い魔を召喚するはずだったのに、なんで爆発が…… 己が『ゼロ』であると再認識させられたルイズは、心の中にあった最後の自尊心すら、自らが放った爆発で粉々に吹き飛ばしてしまい、力なく、その場に座り込んだ。 「あっはっはっ、見ろよ。やっぱり失敗だったんだ」 「所詮、『ゼロ』は『ゼロ』って事よねぇ」 「あ~、これであいつも、ようやく退学になってくれるだなぁ~」 「これで、やっと授業を安全に受けられるよ」 ゲラゲラと耳障りな嘲笑を受けながら、ルイズは空っぽになった心で思っていた。 魔法学校を退学になった自分は、どうなるのだろう。 実家に戻る? あの由緒正しきヴァリエール家に、魔法も使えない自分が? それは我慢ならない。プライドがどうこうでは無い。 そんなものは、先で述べたように砕け散っている。 あるのは、家族に迷惑が掛かるという思いだけだ。 「どうしよう……」 失意の呟きを口に出すが、答えてくれる者はこの場に居ない。 ただ、ゲラゲラと耳障りな笑い声だけが辺りに響く。 何が引き金だったのか、行動を起こしたルイズ自身、分からなかった。 単に堪忍袋の尾が切れただけなのかも知れないし、もしかしたら、ただの気紛れだったのかも知れない。 ともかく、ルイズは思ったのだ。 この喧しい笑い声をしている連中を今すぐ黙らせたいと。 変化は劇的だった。 一際大きな笑い声を上げていた肥え過ぎた生徒の悲鳴が響いたかと思うと、辺りの生徒達もまた、一斉に悲鳴を上げ始めた。 あまりにも煩わしい悲鳴だったので、ルイズはなんとなく顔をそちらへ向けた。 何か、白い何かが生徒の身体を殴りつけている。 その何かは、ルイズがこちらを見ている事に気がついたのか、精肉場に胸を張って持っていける生徒に最後の蹴りを入れ、青草を踏み鳴らしルイズの目の前へと立った。 奇妙な姿だとルイズは思った。 全身が太い白の線と細い黒の線の横縞模様で、その縞模様の間に「G」「△」「C」「T」という形のマークがある。 そして、これが一番の特徴になるのだろうが、頭部に黒いマスクを被っている。 ―――こいつだ 妙な確信がルイズの中で蠢き、契約の呪文を紡がせる。 全ての言葉が自分の口から出終わり、相手の唇に口付けをしようとすると、奇妙な姿の者もルイズが何をしたいのか分かったらしく、膝を折り、中立ちになってルイズの唇を受け入れた。 「あんた……何?」 契約が完了したと同時に、ほぼ無意識の内にルイズの口から言葉が漏れる。 その漏れた言葉に、契約が完了し、左手にルーンを刻まれている奇妙な姿の者は 「ホワイトスネイク―――ソレガ私ノ名ダ」 神託のように深き言葉を紡ぎだした。 「それでコルベール君、被害の方はどの程度に治まったのかのぉ」 厳格な態度と雰囲気を持つ、このトリステイン魔法学校の長であるオールド・オスマンは、冷や汗でただでさえ光を反射する頭皮を、さらに鏡近くまで存在を昇華させている、 コルベールを見ながら厳かに問い質した。 ミス・ロングビルに蹴られながら どうかと思う。 「はい、その、ミス・ヴァリエールが呼び出した使い魔は、召喚されたショックからか、生徒達の中で最も肥満な……失礼、最も体積が大きく目立った、ミスタ・グランドプレを襲って、彼に全治半年の大怪我を負わせました。 幸い、すぐに治療した甲斐もあって、半年が一ヶ月に縮まりましたが、それでも大怪我には変わりありません」 コルベールは必死だった。必死で目の前の光景から目を逸らし続ける。 見たら終わりだ。見たら自分もアレに巻き込まれる。 そんな思いで冷や汗を掻きながらの報告を終えると、丁度良い感じに蹴られ続けたオスマンが立ち上がり、革張りの椅子へ蹴られ続けたお尻を気にしながら座る。 ロングビルも、蹴り飽きたのか自分の仕事へと戻っていた。 「ほ~、中々酷い有様のようじゃったらしいが、ミス・ヴァリエールは『コンタクト・サーヴァント』は済んだのかの?」 「はい。ミスタ・グランドプレを医務室に運んだ後に、私自身が使い魔のルーンを確認しました」 ふむ、とオスマンは一度頷き窓の外へと視線を向ける。 窓の外では、黒い髪のメイドと料理長が雇ってくれと頼み込んできた黒髪の少年が洗濯物を干し、太陽の光を体一杯に浴びていた。 そんな如何にも平和な光景を目にしながら口を開く。 「契約が完了したのならばそれで良い。ミスタ・グランドプレには災難だが、召喚の際の事故は誰にでもある。 このわしでさえ、召喚したての使い魔には色々と苦渋を舐めさせられたものじゃ」 そういって、顔を顰めるオスマンにコルベールは、確かにと同意を口にする。 オスマンの使い魔をコルベールは見た事は無かったが、彼ほどのメイジならばドラゴン並みの魔獣の類を召喚したのだろう。 「では、ミス・ヴァリエールにはお咎め無しと言うことで?」 「うむ」 重厚なオスマンの頷きにコルベールは先程の光景をすっかりと忘れ、では、自分は仕事に戻りますと部屋を出て行った。 オスマンとロングビル。 二人きりになった部屋で、ロングビルが思い出したように呟く。 「先程……」 「んっ?」 何かな、と疑問な顔でロングビルのお尻を撫で回そうと手を伸ばすオスマン。 「召喚したての頃は色々と苦渋を舐めさせられたと言っておりましたが、それは今も変わっていないのでは?」 静かに返答をしながら、伸びてきた腕を思いっきり抓るロングビル。 「何を言っておる」 痛みの所為か涙目になっているオスマンが言葉を返すと、机の一番上の引き出しを開けた。 そこには、彼が楽しみにしていた菓子折りが入ってるはずであったが、 開けた瞬間、彼の目に飛び込んできたのか、白いハツカネズミ。 「なっ、モートソグニル……お主……わしが楽しみにしていた、ゲルマニア産の菓子折りを……」 オスマンは苦渋を舐めたような渋面で、菓子折りの中身をボリボリと食べる使い魔のネズミを見つめるしかなかった。 「う~~~ん」 部屋に戻ってきたルイズは唸っていた。 拙い……拙すぎる。 何が拙いと言うと、先程の自分の醜態である。 召喚の際、爆発が起こり失敗したと思った自分は、一瞬、何もかもが馬鹿らしくなり、全てを投げてしまった。 今になって冷静に考えてみると、一回の失敗であんな風に落ち込むなど自分らしくなく、明らかに普段思い描いている貴族像からも逸脱していた。 さらに痛恨なのが、その落ち込んでいた場面を、あのキュルケに見られてしまった所だ。 (あ~、明日は絶対に弄られるじゃないっ!) キュルケがその豊満な肉体を見せつけながら、自分に対してからかってくる様を想像して、それがあんまりにもリアルだったので、ルイズの唸り声は、一段高くなった。 (それにしても……) とりあえず、キュルケの問題は棚上げにし、ルイズは自分の使い魔となった亜人と思われる生き物を見上げた。 自分のすぐ傍に立っているその亜人は、ホワイトスネイクと名乗り、召喚してからすぐ、マリコルヌを精肉屋に持っていける程にしてしまった。 その様を見たルイズは、胸がスッとしたが、とりあえずあの時は自分の召喚が 成功していたと言う事実の方が頭に浮かび、あまり記憶が残っていない。 それでも、ファーストキスでもある『コンタクト・サーヴァント』をした事は、確りと憶えている。 (あっ、そうか、よくよく考えると、私ってこいつとキスしたんだ……) 人間、何事でも始めての相手には情が移る者である。 ルイズもまさにそのとおり――――――ではなかった。 (こんな……こんな奴が、私のファーストキスだなんて、ぜっっっっっったい、認めないわっ!!) 流石に言葉には出さなかったが、頭を抱えて、う~う~と唸るその様は、傍から見ると不気味以外の何者でもない。 その唸っている自分の本体を余所にホワイトスネイクは、ただ部屋の入り口に立っていた。 ホワイトスネイクは、自分の存在について考えていた。 天国へと行く為の方法によって、ホワイトスネイクと言う存在は、さらなる高みの存在へと昇華し、記憶をDISCとする能力を持った自分は、確かに別の存在になったはずであった。 それが、今はどうだろうか? さらなる高みの存在―――『メイド・イン・ヘヴン』の時の記憶もあれば、世界が『一巡』した新世界における記憶すら今のホワイトスネイクは持っている。 (ドウイウコトナノダ、コレハ……) 自分が、まったく別の存在になった時の記憶も持っている事に、本来ならそのようなモノとは無縁であるはずのホワイトスネイクに、言い知れぬ『不安』と言うものを感じさせていた。 ……感じさせていたが、すぐにその『不安』をホワイトスネイクは忘れた。 『不安』に思う過去など自分には必要無い。何故なら自分はスタンドだ。 自分に必要なものは、本体に絶対服従の忠誠心と能力だけである。 他の事柄など、思考を割くのも無駄である。 そうして、ホワイトスネイクは、自身が何故、存在しているかと言う疑問と、自分と言う存在でない者の記憶が何故あるのかと言う、二つの疑問を無意識のさらに底まで封印した。 これで良い。これで自分は『不安』を持つことは無い。 次にホワイトスネイクは、左手の奇妙な痣の事を考え始めた。 ホワイトスネイクを現す四つのマークではなく、明らかにそれとは違う形をしているこの奇妙な痣。 解析する為に、DISCとして形にしてみると、面白いことが分かってきた。 どうやら、この奇妙な痣は使い魔のルーンと言うらしく、武器を持つことによって自分の上がるものらしい。 さらに言えば、性能を上げるだけでなく、その武器の使い方を瞬時に理解することさえ可能と言う、まさに『兵士』の為のルーン。 (ダガ……私ニハ、不要ノ長物ダナ) ホワイトスネイクの戦闘方法は、まず、敵に触れることにある。 記憶をDISCと出来る自分にとって、相手に触れると言う事は、すでに相手の命を手にしていると同意義なのだ。 その敵に触れる攻撃が一番しやすいのが、徒手空拳。 つまり、素手による殴打である。 確かに、性能の補正は魅力的だが、補正の条件が感情を高ぶらせる事であり、スタンドで、尚且つ冷静と言うよりは、無感動に近い自分には大した補正は乗らないだろう。 以上の事等から、武器などを使うと、逆に自分の戦闘能力は下がってしまうと、ホワイトスネイクは考えた。 そして、最後の問題である現在の自分の本体をホワイトスネイクは見た。 桃色の髪をした幼い少女。 高慢であり自尊心だけが無駄に肥えたこの少女が自分の本体であることに、ホワイトスネイクは特に何の感慨も抱かなかった。 ただ、前の本体のような性能を自分は発揮できないであろうな、と思っていた。 スタンドとは、もう一人の自分である。 肉体的な自分が本体とするのならば、精神的な自分であるスタンドの強さは、本体の精神の強さに依存する。 その点で言うならば、ルイズの精神は、元の本体のような、『絶対の意思』を持っておらず、ただ只管に脆弱であるだけ。 弱くなるのも当然であった。 「ねぇ、ちょっと、あんた」 自分の使い魔に、精神的に弱い奴と思われていることを知らずに、ルイズはホワイトスネイクを呼ぶ。 ようやく、あのキスは契約の為に仕方なくしたものであり、ノーカンであると言う結論に至ったので、ホワイトスネイクに使い魔として役割を言い聞かせることにしたのだ。 「召喚されたばっかのあんたに、使い魔の役割を説明してあげるから、ありがたく思いなさいよ 良い、まず、第一に使い魔は主人と目となり、耳となる能力が与えられるわ」 そこまで言ってから言葉を区切る。理由は些細な好奇心。 ホワイトスネイクの見ている世界は、どんなものなのだろうと思い、意識を集中してみるが……見えない。 「ちょっと! どういうことよ!」 詐欺られた気分だ。本来なら、簡単に使えるはずの使い魔との視聴覚の共有が出来ないなんて。 心の奥底には、自分が『ゼロ』だから出来ないのでは? と言う考えも浮かんでいたが、それは認める事の出来ない原因だ。 なので、使い魔の所為にすると言う暴挙に出たのだが、ホワイトスネイクは冷淡な目で自分を見るだけ。 ルイズはもしかして、こいつも自分の事を見下しているじゃないのかと、段々と疑心暗鬼の思いで心が侵食されるのを感じていたが、その冷淡な目付きのまま、使い魔が口を開く。 「ソンナ『認識』デハ、出来ルコトモ出来ナイ。モット、強ク『認識』スル事ダ。 空気ヲ吸ッテ吐クコトノヨウニ、HPノ鉛筆ヲヘシ折ル事ト同ジヨウニ、自分ナラ、出来テ当然ノコトト思ウノダ」 「わっ、わかってるわよ!」 ホワイトスネイクの説教染みた言葉に、プッツンしそうになるが、なんとか堪えて意識をまた集中させる。 ―――集中 ――――――集中 ―――――――――集中 ――――――――――――っ! 一瞬、ほんの一瞬だが、自分の姿が視えた。 自分より背の高い者から見た、見下ろされた自分の姿。 それが、ホワイトスネイクの見ている風景だと気付いた時、喜びと……怒りが同時に込み上げてきた。 「なんで一瞬なのよっ!」 そう、何故だか一瞬で消えた映像にルイズは怒りを爆発させていた。 もっと、持続できなければ視界を共有しているとは、まったくもって言えない。 「マダ、『認識』ガ足リナイラシイ。モット、時間ヲ掛ケテ、私ヲ、自分デアルト『認識』スレバ、自然ト見エテクル」 悔しいが、使い魔の言う通りだろう。もっと、もっと、時間を掛けなければ、自分は使い魔の視聴覚を感じられない。 しかし、逆に考えて見れば、時間さえ掛ければ自分は使い魔の目と耳を感じられると言う事だ。他のメイジのように。 「まったく、今、出来ないんじゃ意味無いわよ。次よ、次」 さも不機嫌な感じで言葉を口にするが、内心は自分も、ようやくメイジらしいことが出来るようになるかも知れないと、今すぐにも踊りだしそうであった。 「次は、そう、使い魔は主人の望むものを見つけてくるのよ。例えば、秘薬とかね…… と言うか、あんた亜人だけど、秘薬って分かるの?」 秘薬を見つけるのは、主に動物系の使い魔の仕事だ。 見るからに亜人なこいつでは、見つけるのは無理かなと、聞いてみると、予想通りに首を横に振ってきた。 「まぁいいわ。秘薬なんて、どうせ買えば済む話だし…… それより、これが使い魔の役割で一番大切な事なんだけど、使い魔は主人を守る存在なのよ」 マリコルヌをフルボッコにしたホワイトスネイクをルイズは見ていたが、それで満足する程、ルイズの使い魔に対する注文は低くない。 自分の使い魔であるならば、最強、最優。 そうでなければ、自分の使い魔として意味が無い。 「私を守る為の存在のあんたは、強いの?」 「世界ヲ操ル男ガ、私ノ元本体ニ言ッタ言葉ガアル。 ドンナ者ダロウト、人ニハソレゾレノ個性ニアッタ適材適所ガアル。 王ニハ王ノ…… 料理人ニハ料理人ノ……ナ」 「何が言いたいのよ」 「『強イ』『弱イ』ト言ウ概念ハ、ソレ単体デハ存在シナイ。 ソレガ存在スルノハ、比較スル対象ガ居ル場合ニ限ル。 ダガ、私達ニハ、比較スルベキモノガ存在シナイ。 一人、一人、役割ガマッタク違ウノダカラナ」 確かに同じ役割の中でなら強さを測ることは出来る。 しかし、僅かにでも役割が違う者同士で強さを測ることなど不可能なのだ。 スタンドもそれと同じ。 スタンドの能力は、特別な場合を除き、被る事などありえない。 それ故に役割は決して被らず、その為比較すべき対象が存在しないので『強さ』や『弱さ』も存在しないと言いたかったのだが、 ルイズはその真意を汲み取る事など出来ず、訝しげな顔で饒舌な使い魔を見ている。 「そんな小難しいことを聞いてるんじゃなくて、私はあんたがどのくらい強いかを聞いてるのよ!!」 これにはホワイトスネイクも参る。 仕方なく、子供が遊びで話すスタローンとジャン・クロード・バンダムはどっちが強い? と言うレベルで説明するしかないかと思い、窓の外を飛んでいた梟を窓枠に近づいてきた瞬間、恐るべき速さで梟に反応される前に体をがっしりと掴んだ。 「あんた……」 その早業にルイズは驚きで声を上げそうになったが、使い魔の手前、外見上は眉を動かすだけだ。 こいつ……とてつもなく、早い。 これは期待できるかも、と内心の期待からホワイトスネイクを見つめていると――― ―――ぞぶり、と生理的嫌悪の走る、おぞましい音がルイズの耳に届いた。 なるほど、梟の頭に自分の指を突き刺したのか。 いきなりの使い魔の凶行に、ルイズは完全に思考停止し、その様を見つめていたが、きっかり三秒後には再起動を果たす。 「あっ、あんた、何してのよー!!」 寮の窓近くを飛んでいた事から、誰かの使い魔と思われる梟を、自分の使い魔が、何を思ったのか、頭に指を突っ込んで殺してしまった。 そのあまりのショッキングな内容に金切り声をあげるが、ホワイトスネイクは 「―――出来タ」 と謎の言葉を発し、指を刺した時から動かない梟を、 興味を失った玩具を捨てる子供のように、ポイッと気持ちの良いぐらい、あっさりと窓の外に捨てた。 「なっ!」 その行動に驚きの声をあげるルイズであったが、次の光景を目にした瞬間、自分は現実にいるのか心配になってしまった。 頭に指を刺され、死んだはずの梟が、また窓の外を飛んでいるのだ。 「嘘っ……なんで」 死んでなかった? いや、指を刺されてからぴくりとも動かなかったのに……そんなはずは…… 混乱しているルイズを尻目にホワイトスネイクが、片手を窓の外に振ると、梟がそれに気付き、窓枠に留まる。 ホーホー、と良く響く声で一頻り鳴いた後、梟の頭から何かが出てきた。 ピザをもっと平べったくしたような形をした何かが、からんと音を立てて床に落ち、それにあわせ、梟も先程のようにぴくりとも動かなくなる。 ゆっくりとした動作で梟から落ちた円形の何かを拾う自分の使い魔に、ルイズは知らず、ジリジリと後退していた。 それは恐怖か? それとも、驚きからか? どちらにしても、今のルイズには関係無い。 空気を求める金魚のように、彼女はパクパクと口を開けて、ホワイトスネイクを見ることしかできない。 ホワイトスネイクは、そんな自分の本体に見向きもせずに、手の中で梟から抽出した何かを弄んでいる。 「コレハDISCト呼バレルモノダ」 感情の色がまったく込められていないはずのホワイトスネイクの声が何処となく得意げに聞こえるのは、その力が彼の存在理由だからだろうか。 「私ノ能力ハ、生物ノ『記憶』ヲDISCトシテ抜キトル事ガ出来ル」 記憶を抜き取る。 今、自分の目の前にいる使い魔は確かにそう言った。 「……本当に?」 そんなことが出来るのか? いいや、できるはずが無いと否定の考えが頭に浮かぶが、部屋の床に転がった梟の虚ろな瞳を見て、もしや……と疑問が鎌首を擡げる。 もし、仮にこの使い魔の言う事が全て真実であるとするならば、自分はなんてものを召喚してしまったのだろうか。 記憶を抜き取る自分の使い魔の力に、ルイズの身体は震えていた。 それは、恐るべきものを召喚してしまった恐怖か――― それとも、そのような強力な力を持つ者を召喚してしまった喜びか――― ――――――自分の身体だと言うのにルイズ自身、どちらなのか分からなかった。 『風上』のマリコルヌ……全身を乱打され、重症。 クヴァーシル……『記憶』DISCを抜かれ、生きる目的を失い、再起不能 戻る 第二話